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ポール・マッカートニーが今明かす、『フレイミング・パイ』制作秘話とビートルズの記憶

ポール・マッカートニーが今明かす、『フレイミング・パイ』制作秘話とビートルズの記憶

ポール・マッカートニーによる10枚目のソロ・アルバム『フレイミング・パイ』が、アーカイヴ・コレクションの13番目の作品として本日7月31日にリリース。Rolling Stone Japanでは、ポールが2020年に本作を振り返った最新インタビューを全3回にわたってお届けする(全文掲載は日本独占)。この第1回では、「ビートルズ色が強くなった」アルバムの制作背景を改めて振り返ってもらった。

FLAMING PIE ARCHIVE COLLECTION CDジャケット

『フレイミング・パイ』とは?

1997年5月5日に発売された『フレイミング・パイ』は、ポールのスタジオ・アルバムとしては前作『オフ・ザ・グラウンド』から4年ぶりの作品。彼が選曲などに関わった『ザ・ビートルズ・アンソロジー』シリーズの発売直後にレコーディングされ、そこでの作業経験がこの『フレイミング・パイ』にも影響を与えたという。

ポールとジェフ・リン、そしてジョージ・マーティンのプロデュースで、リンゴ・スター、スティーヴ・ミラー、リンダ・マッカートニー、そして息子のジェイムズなどの家族や友人たちの協力の元に制作された『フレイミング・パイ』は、ワクワクするようなオープニングの「ザ・ソング・ウィ・ワー・シンギング」から、賑やかなタイトル・トラック、哀愁漂う「カリコ・スカイズ」、シングルとしてフィーチャーされている「ヤング・ボーイ」、「ザ・ワールド・トゥナイト」、そして「ビューティフル・ナイト」に至るまでハイライトの連続。ポールのソロ・キャリアの中で、さらなる頂点を極めた作品と言える。

発売と同時に絶賛を浴びたこのアルバムは、ポールが90年代に出したアルバムの中で最も商業的に成功したアルバムで、80年代以来初めてチャートで最高位を記録。アメリカ、イギリス、日本をはじめ世界各国でゴールド・ディスクを獲得した。

『フレイミング・パイ』とビートルズの関係

ー『Flaming Pie』というフレーズにはどんな由来があるんですか? またこの名前をアルバムのタイトルに選んだいきさつも教えてください。

ポール:僕たちがビートルズとしてリバプールで活動を始めたころ、マージー・ビートっていう地元の音楽新聞があってね。その新聞から、どういうバンドなのかちょっと説明してほしいとジョンに依頼が来たんだ。それでジョンは、いかにもジョン・レノンらしい語り口でこんな文章を書いた。「この名前は、昔浮かんだイメージの中に出てきたーー炎に包まれたパイ(flaming pie)に乗ってひとりの男が姿を現し、このように告げた。『きみたちはビートルズになるだろう。綴りは"a"を入れた"Beatles"だ』」。こんな感じだよ。それからは、"Beatles"っていう名前の由来を訊ねられるたびに、そんな風に説明するようになった。

で、思ったんだよ。「僕はその"炎に包まれたパイ"に乗った男じゃないか」ってね。そして、この言葉をもとにした歌を作ろうと考えたってわけだ。ちょっとした冗談なんだよ。主人公は、炎に包まれたパイに乗った男で、かなりかっこいい。かなりいかれたやつでもある。この話をすると、みんな笑ってくれたよ。

それと、あのマージー・ビートの文章に"炎に包まれたパイ"っていう言葉が登場してから、それに絡んでいろんな出来事が起きたんだよ。あのフレーズではジョンのユーモアがバッチリ決まっていたから、たくさんの反響があったし、僕にもいい思い出がたくさんある。ジョンと僕はその手のネーミングはとても大事だと考えていた。『サージェント・ペパーズ・ロンリー・ハーツ・クラブ・バンド』『ラバー・ソウル』ーーこんなフレーズを耳にすると、みんな「何それ!?」って感じになるだろう? だから、"炎に包まれたパイ"という突拍子もないフレーズがすごく気に入っていたんだ。

ーということは、このアルバムを作っていたときはビートルズのことが頭にあったのですね?

ポール:ビートルズの『アンソロジー』シリーズに関わったことで、新しい曲を作らなきゃいけないって気持ちが抑えられなくなったんだ。『アンソロジー』に刺激されたんだよ。ビートルズの水準ーーあのバンドで作った楽曲の水準を思い出したってことだね。あらためて学ばせてもらったよ。で、あれが、このアルバムを作るときの骨組みになったって感じだね。

『アンソロジー』のおかげで、長いあいだ思い出すきっかけがなかった記憶が一気に蘇ってきたんだ。ビートルズ時代のいろんな思い出がね。自分たちがやったさまざまな活動についてリンゴやジョージと際限なく話し続けるのは、とても楽しい時間だった。特にジョージと話すのは楽しかったよ。僕とジョージのふたりだと、話がさらに昔までさかのぼるんだよ。昔交わしたジョークとか、そのころやっていた曲なんかをあれこれと思い出してね。そういう細かなことをね。ビートルズよりも前の話とか。そのころのジョージは僕の弟分で、それをバンドに引き入れたんだ。で、そんなプロジェクトを経験したことで、次に向かう道がすんなりと見えてきたんだ。

『フレイミング・パイ』とビートルズの関係

ー『Flaming Pie』というフレーズにはどんな由来があるんですか? またこの名前をアルバムのタイトルに選んだいきさつも教えてください。

ポール:僕たちがビートルズとしてリバプールで活動を始めたころ、マージー・ビートっていう地元の音楽新聞があってね。その新聞から、どういうバンドなのかちょっと説明してほしいとジョンに依頼が来たんだ。それでジョンは、いかにもジョン・レノンらしい語り口でこんな文章を書いた。「この名前は、昔浮かんだイメージの中に出てきたーー炎に包まれたパイ(flaming pie)に乗ってひとりの男が姿を現し、このように告げた。『きみたちはビートルズになるだろう。綴りは"a"を入れた"Beatles"だ』」。こんな感じだよ。それからは、"Beatles"っていう名前の由来を訊ねられるたびに、そんな風に説明するようになった。

で、思ったんだよ。「僕はその"炎に包まれたパイ"に乗った男じゃないか」ってね。そして、この言葉をもとにした歌を作ろうと考えたってわけだ。ちょっとした冗談なんだよ。主人公は、炎に包まれたパイに乗った男で、かなりかっこいい。かなりいかれたやつでもある。この話をすると、みんな笑ってくれたよ。

それと、あのマージー・ビートの文章に"炎に包まれたパイ"っていう言葉が登場してから、それに絡んでいろんな出来事が起きたんだよ。あのフレーズではジョンのユーモアがバッチリ決まっていたから、たくさんの反響があったし、僕にもいい思い出がたくさんある。ジョンと僕はその手のネーミングはとても大事だと考えていた。『サージェント・ペパーズ・ロンリー・ハーツ・クラブ・バンド』『ラバー・ソウル』ーーこんなフレーズを耳にすると、みんな「何それ!?」って感じになるだろう? だから、"炎に包まれたパイ"という突拍子もないフレーズがすごく気に入っていたんだ。

ーということは、このアルバムを作っていたときはビートルズのことが頭にあったのですね?

ポール:ビートルズの『アンソロジー』シリーズに関わったことで、新しい曲を作らなきゃいけないって気持ちが抑えられなくなったんだ。『アンソロジー』に刺激されたんだよ。ビートルズの水準ーーあのバンドで作った楽曲の水準を思い出したってことだね。あらためて学ばせてもらったよ。で、あれが、このアルバムを作るときの骨組みになったって感じだね。

『アンソロジー』のおかげで、長いあいだ思い出すきっかけがなかった記憶が一気に蘇ってきたんだ。ビートルズ時代のいろんな思い出がね。自分たちがやったさまざまな活動についてリンゴやジョージと際限なく話し続けるのは、とても楽しい時間だった。特にジョージと話すのは楽しかったよ。僕とジョージのふたりだと、話がさらに昔までさかのぼるんだよ。昔交わしたジョークとか、そのころやっていた曲なんかをあれこれと思い出してね。そういう細かなことをね。ビートルズよりも前の話とか。そのころのジョージは僕の弟分で、それをバンドに引き入れたんだ。で、そんなプロジェクトを経験したことで、次に向かう道がすんなりと見えてきたんだ。

ーアルバム作りの出発点は、どんな風に見えてきたんですか?

ポール:ビートルズのやり方はいつも一通りじゃなかったけれども、ひとつのやり方として、最後に作ったアルバムを聴いてから次のに取りかかるということをやっていた。だから、たとえば『ラバー・ソウル』なんかを聴いてみたりもしたね。アルバム1枚を通して聴くんだ。ただのファンみたいな気持ちで。そうすると、わかってくる。ああ、僕らはあそこまでやれたんだってね。それが目標の水準になる。で、今度は、そのハードルを飛び越えてみようじゃないかってことになるんだよ。

『フレイミング・パイ』にもそういうところがあった。このアルバムは、かなりビートルズ色が強くなっている。もちろんビートルズの名残はいつだってある。それはどうしようもない。曲を作れば、そこに自分が出る。それに、自分のこれまでの作品を見直したばかりだと、次にどういう方向に進むべきか自ずと見えてくるんだ。

ポールが好んだ「曲作りのゲーム」

ー『フレイミング・パイ』の曲作りはどのようなかたちで進んだんですか?

ポール:新しい曲っていうのは、どこからでも生まれてくる可能性がある。たとえば以前リンダが料理関係の仕事のとき、僕が車でよく送っていたんだけど、あるとき写真の撮影があるっていうので、撮影現場になったケント州の農家まで送って行ったんだ。僕は仕事の邪魔にならないように上の階に行って、ひとりで想像を膨らませながら曲を作っていた。

リンダの撮影は2時間くらいかかるとわかっていたから、それが終わるまでに曲を作ってしまおうと自分で締め切りを決めてみた。そのときできたのが「サムデイズ」だ。その時間内に丸々1曲作ったんだ。普通なら、曲は大方できたけど、残りの部分は来週仕上げようとなるかもしれない。でも僕は完成させてしまおうと思った。撮影を済ませたリンダから「何していたの? 退屈していたんじゃない?」なんて言われても、「ああ、この曲を作っていたよ。聴いてみるかい」って言えるようにね。これはちょっとしたゲームで、僕はときどきひとりでそんなことをやっている。ジョンと僕は昔このゲームをよくやっていた。そういうとき、僕らは1曲仕上げるのに3時間以上はかからなかったと思うな。

ーこのアルバムでは、かなりの楽器をご自分で演奏していますよね。レコーディングの段取りはどのように考えていたんですか?

ポール:そのあたりについては、あまり深く考えてないんだ。そういうやり方のいいところは、自分にいつも選択肢があるってことだね。つまり本当に極端な例だと、全部ひとりでやってしまえばいい。『フレイミング・パイ』には、そんな風にレコーディングした曲がいくつかある。たとえば「サムデイズ」なんかだと、一旦は、ひとりで全部の楽器を演奏してレコーディングを終えた。『マッカートニー』のときみたいにね。でも最終ヴァージョンの仕上げをしていたとき、少しアレンジを加えてもいいかもしれないと思ったから、ジョージ・マーティンに電話したんだ。彼よりうまくアレンジできる人なんていないだろう?

ポールが好んだ「曲作りのゲーム」

ー『フレイミング・パイ』の曲作りはどのようなかたちで進んだんですか?

ポール:新しい曲っていうのは、どこからでも生まれてくる可能性がある。たとえば以前リンダが料理関係の仕事のとき、僕が車でよく送っていたんだけど、あるとき写真の撮影があるっていうので、撮影現場になったケント州の農家まで送って行ったんだ。僕は仕事の邪魔にならないように上の階に行って、ひとりで想像を膨らませながら曲を作っていた。

リンダの撮影は2時間くらいかかるとわかっていたから、それが終わるまでに曲を作ってしまおうと自分で締め切りを決めてみた。そのときできたのが「サムデイズ」だ。その時間内に丸々1曲作ったんだ。普通なら、曲は大方できたけど、残りの部分は来週仕上げようとなるかもしれない。でも僕は完成させてしまおうと思った。撮影を済ませたリンダから「何していたの? 退屈していたんじゃない?」なんて言われても、「ああ、この曲を作っていたよ。聴いてみるかい」って言えるようにね。これはちょっとしたゲームで、僕はときどきひとりでそんなことをやっている。ジョンと僕は昔このゲームをよくやっていた。そういうとき、僕らは1曲仕上げるのに3時間以上はかからなかったと思うな。

ーこのアルバムでは、かなりの楽器をご自分で演奏していますよね。レコーディングの段取りはどのように考えていたんですか?

ポール:そのあたりについては、あまり深く考えてないんだ。そういうやり方のいいところは、自分にいつも選択肢があるってことだね。つまり本当に極端な例だと、全部ひとりでやってしまえばいい。『フレイミング・パイ』には、そんな風にレコーディングした曲がいくつかある。たとえば「サムデイズ」なんかだと、一旦は、ひとりで全部の楽器を演奏してレコーディングを終えた。『マッカートニー』のときみたいにね。でも最終ヴァージョンの仕上げをしていたとき、少しアレンジを加えてもいいかもしれないと思ったから、ジョージ・マーティンに電話したんだ。彼よりうまくアレンジできる人なんていないだろう?

ーひとりですべての楽器を演奏するときは、何か違いはありますか? そういうやり方だと特にうまくいく部分があるんでしょうか?

ポール:レコードを作るとき、僕は何か決まったやり方があるわけじゃない。そういう決まったやり方に従わなくてもいいというのは贅沢なことだよ。でも、ある特定の方向に進みたくなる何らかのきっかけはいつだってある。

たとえば、昔のビートルズの曲を聴き返して、あのころの気ままな自由さを改めて感じたことがきっかけかもしれない。あるいは、自分のレコードを聴いたことがきっかけかもしれない。ひょっとすると、スティーヴィー・ワンダーを少し聴いたことがきっかけかもしれないーースティーヴィーも、ひとりでレコーディングしたレコードをいくつも発表しているからね。

でも、『ケイオス・アンド・クリエイション・イン・ザ・バックヤード~裏庭の混沌と創造』なんかの場合、あれの元になったレコーディングをナイジェル・ゴドリッチと一緒に始めたとき、ナイジェルからこう言われたんだ。「バンドを使わずにやってみようか」ってね。だからあのときは、そのアイディアに乗って、ひとりでレコーディングすることになった。

何らかのきっかけはいつだってあるし、そのおかげで「ああいうのをちょっとやってみようか」って思うわけだ。『フレイミング・パイ』の場合、きっかけになったのはたぶんジェフ・リンだった。

※第2回に続く

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