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ゆめ参加NAブログ with Paul McCartney & NA Dreamers

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ビートルズのジャケット写真を手掛けた写真家のロバート・フリーマンの作品を振り返る

ビートルズのジャケット写真を手掛けた写真家のロバート・フリーマンの作品を振り返る

2019年11月7日に亡くなられたロバート・フリーマン(Robert Freeman)について詳細な記事が掲載されていましたので転記させて頂きます。
太字ではない部分は当ブログによる補足です。



1963年から1966年にかけてのザ・ビートルズのアルバム・ジャケットや彼らの映画作品など、そのキャリアにおいてザ・ビートルズと密接に関わってきた英国人フォトグラファー兼グラフィック・デザイナーのロバート・フリーマンが逝去した。

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1936年ケンブリッジに生まれたロバート・フリーマンは、サンデー・タイムズ紙のピレリカレンダーを手掛けたフォト・ジャーナリストや、スイング・ロンドン革命を描いた1968年の映画『The Touchables』の監督としても知られている。アンディ・ウォーホール、チャールトン・ヘストン、ソフィア・ローレン、ジミー・クリフ、そしてモハメド・アリなど、名だたるの著名人を撮影してきたロバート・フリーマンだが、中でも彼の名を世間に広く知らしめたのは、5作連続で手掛けたアルバム・ジャケット他、数々のザ・ビートルズ作品だった。

下記の画像は、「The Touchables」です

The Touchables

ザ・ビートルズ初期の頃には、オフィシャル・カメラマンとして、彼らのツアーに同行したロバート・フリーマンは、後年、自らのキャリア初期を振り返り、ザ・ビートルズのクルーに加わることになった経緯についてこう説明していた。

「当時の僕はフォトグラファーになってからまだ2年ぐらいでしたが、サンデー・タイムズ紙やその他の雑誌の仕事で定評を得ていました。クレムリンでのニキータ・フルシチョフ(元ソビエト連邦閣僚会議議長)の撮影のためにロシアに出張したり、同じ年の初めには最初のピレリカレンダーの撮影も手掛けました。これが大ヒットして、世間に広く知られるきっかけとなりました。でも、当時やった仕事の中で1番気に入っていたのは、ロンドンのフェスティバルでのジョン・コルトレーン(John Coltrane)や他のジャズ・ミュージシャンたちの撮影で、後にその写真をザ・ビートルズに見せることになるんです。

F1をはじめ、フェラーリやランボルギーニなどでも知られるイタリアのタイヤブランド、ピレリ社が作成したカレンダーの事をピレリカレンダーと呼んでします。1964年にロバート・フリーマンから始まりました。そのカレンダーが下記の画像なのですが、そりゃ~評判になるでしょうね(笑)

ピレリカレンダー ロバートフリーマン1964

ピレリカレンダー ロバートフリーマン1964-1

ロバートフリーマンが撮影したジョン・コルトレーンJohn Coltraneの写真なんですが、この写真をビートルズのメンバーが見たのかな…迫力あります!

ロバートフリーマンが撮影したジョン・コルトレーンJohn Coltraneの写真

ロバートフリーマンが撮影したジョン・コルトレーンJohn Coltraneの写真1


最初は、ロンドンにいたザ・ビートルズの広報担当者に連絡をとって、彼らのマネージャーであるブライアン・エプスタインを紹介してもらったところ、彼からその時ザ・ビートルズがライヴのため滞在していた、ウェールズのスランディドノまで僕のポートフォリオを送るように依頼がありました。そこで僕は、キャノンボール・アダレイ、ディジー・ガレスピー、エルヴィン・ジョーンズ、コールマン・ホーキンス、そしてジョン・コルトレーンらを写した大判のモノクロ写真が大半を占めたポートフォリオをまとめて送りました。結果、ザ・ビートルズの反応はポジティヴで、彼らは僕の作品を気に入ってくれ、ブライアン・エプスタインは、その1週間後に、彼らがライヴのため数日訪れていたボーンマス(イギリス南西部)のゴーモン・シネマで、彼らとのミーティングをセッティングしてくれたんです」

そうして彼は、1963年11月にリリースされたザ・ビートルズのイギリスでの2作目のアルバム『With The Beatles』の魅力的なジャケット写真を撮影した。ジョン、ポール、ジョージ、そしてリンゴに部分的な影を投じているその写真は、彼らが滞在していたボーンマスのパレス・コート・ホテルで撮影された。ポール・マッカートニーは、撮影はわずか1時間ほどで終わった、と当時を振り返っている。

ロバート・フリーマンは、ホテルのダイニング・ルームで行った撮影をこう記憶している。「大きな窓から眩しい側面光が差し込んで、濃いえび茶色のヴェルヴェットのカーテンをバックドロップがわりに巻き上げました。そして、当時の彼らが着ていた黒いタートルネックのセーターは、写真をシンプルに保つためにそのままにしようってことになったんです」。

With The Beatles1

1964年7月にリリースされた、それぞれメンバーの5つ表情を捉えたイメージが列を成している、忘れがたい『A Hard Day’s Night』のジャケット写真は、ムービー・カメラのコマ撮りを真似しようという彼のアイデアによるものだった。

A Hard Day's Night ロバート・フリーマン

1964年12月にリリースされた『Beatles For Sale』のジャケットには、ロンドンのハイド・パークで撮影された4人に写真がフィーチャーされている

Beatles For Sale1

1965年8月リリースの『The Help! 』には、かの有名なザ・ビートルズによる“H-E-L-P”ではなく、”NUJV”の文字を現した手旗信号の写真が使われている。このジャケットの発案者でもあったロバート・フリーマンは、結果的にこの方(”NUJV”の文字)が見栄えがよかったから、と弁明していた

Help!

HELPとNUJV…どちらがお好みですか?

NUJV

1965年12月の『Rubber Soul』では、4人のメンバーの顔を真正面から写しているが、左上に配置されたイラストレーター、チャールズ・フロントによるタイトルのロゴ・デザインも手伝って、全体のイメージが歪んで見えるのがわかる。これらの作品以外にも、ロバート・フリーマンは、『A Hard Day’s Night』『Help!』といった映画作品のエンドロールや、ジョン・レノンによる2冊の本『In His Own Write』と『A Spaniard in the Works』のデザインも手掛けている

Rubber Soul1

1990年に出版された彼の写真集『The Beatles: A Private View』には、仕事場、そしてプライベートでのザ・ビートルズの姿を捉えた親密な写真の数々が収められている。その中には、パティ・ボイドとジョージ・ハリスンの自宅での様子や、リンゴ・スターの結婚式、そしてステージやスタジオ、ツアー中、映画の撮影中など、様々な場所で撮影された当時のザ・ビートルズの写真が含まれている。この本の中で、ポール・マッカートニーは、「おそらくボブの写真は、ザ・ビートルズの過去の写真の中でも最高のものばかりだと思います」と語っていた。

The Beatles: A Private View

The Beatles: A Private View1

The Beatles: A Private View2

The Beatles: A Private View3

ロバート・フリーマの個展は、彼がスペインのセビーリャに在住していた2013年に、ロンドンのスナップ・ギャラリーで開催された。2015年には、心臓発作を患っていた彼の治療費と、彼の作品をアーカイヴ保存するための資金集めのために、彼の親族が、パンダのぬいぐるみとポーズをとるジョン・レノンのポートレート写真を売りに出していた。

ビートルズのジャケット写真を手掛けた写真家のロバート・フリーマンが逝去。その作品を振り返る~udiscovermusic


ロバート・フリーマンが撮影したビートルズのジャケットは単なるアーティストを撮影したアルバム・ジャケットではなく、作品になっているのですね。
エッ!?部屋に飾るなら、ピレリカレンダーの方が良いって…ん…まあ…ご自由に…(笑)

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