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ゆめ参加NAブログ with Paul McCartney & NA Dreamers

ポール・マッカートニーから各地の観光まで個性的で気楽な内容、そして、ゆかいな仲間達(NA ドリーマーズ)が集う「ゆめ参加NAブログ」です。 コメント投稿をご希望の方は、ブログ画面の日付の下にある「吹き出し」マークの右側の数字をclickして下さい。自由参加のブログです。
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リンゴ・スター、ジョン・レノンの死を知った時のことを振り返る~Halloweenとは関係ありません

リンゴ・スター、ジョン・レノンの死を知った時のことを振り返る~Halloweenとは関係ありません

今日、10月31日はHalloweenです。そう言えば、会社の帰り、ホテルのレストランでマイケル・ジャクソンのスリラーが大音響で流れていて、観客が大ダンス大会をしていましたね。皆さん、大騒ぎのハロウイーンです。ところがブログは…この話題です。


リンゴ・スターはザ・ビートルズのバンドメイトだったジョン・レノンが殺害されたことを知った時のことを振り返っている。

ジョン・レノンは1980年12月8日に狂信的なファンであるマーク・チャップマンに殺害されている。ジョン・レノンはマンハッタンにあった住居のすぐ外で至近距離から4発の銃弾を受けている。
米『ローリング・ストーン』誌の新たなインタヴューでリンゴ・スターはフー・ファイターズのデイヴ・グロールに悲報を知った時のことについて語っている。


「ジョンが亡くなった時、バハマにいたんだ。ロサンゼルスにいた継子から電話をもらってね。『ジョンになにかがあったみたいなんだ』と彼は言ってきてね。
それで、電話がかかってきて、『ジョンが亡くなった』と言われたんだ。僕はどうすればいいのか分からなかったよ」
「ひどい奴によって撃たれてしまったんだ」という思いが込み上げるなか、リンゴ・スターはジョン・レノンが亡くなった直後にとって行動について続けて語っている。


「僕は『飛行機を見つけなきゃ』と言って、ニューヨークへの飛行機を手配したんだけど、何ができるか分からないだろ」と彼は思い返している。
「住んでたアパートに言ったんだ。『なにかできることは?』と言ったら、ヨーコは『そうね。ショーンと遊んであげて。ショーンを退屈にさせないで』と言ってね」
「それが僕らのしたことだった。『何をしているの?』と思うんだろうけどさ」


先日、リンゴ・スターは最新作『ホワッツ・マイ・ネーム』でポール・マッカートニーと共にジョン・レノンによる“Grow Old With Me”をカヴァーしたことについて語っている。
「心にくるものがあったよ。僕は全部の曲を聴いた。彼は(亡くなる前に)1曲を除いてすべての曲のレコーディングを終えていたんだ。その1曲がこの“Grow Old With Me”という曲なんだよ。僕は自分にできるベストを尽くしたよ」


リンゴ・スター、ジョン・レノンの死を知った時のことを振り返る~NME JAPAN


悲しい時も楽しく&楽しく…そして、悪霊などを追い出してくれ~

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2 Comments

haru says..."ジョンレノン スターティングオーバー"
ジョンレノンが80年に亡くなった時のことは、
今でも鮮明に覚えています。

私は、当時片思いの人がいました。
ジョンが「ダブルファンタジー」を出したときは、
特に「スターティングオーバー」には、勇気づけられました。
そして私も「スターティングオーバー」しようとなりました。

スターティングオーバー。この曲を聞いたときは、明るい未来しか信じられませんでした。
「新曲」が、自分の気持ちとピッタリとはまった曲は、
「スターティングオーバー」が、今までの人生の中で、もしかして一番、かもしれません。
(ただ今私が高校生だったら「ドレミソラシド」だったりして、いいかげんなものですが)
当時友人が(その価値がわからなくて)「ジョンが新曲出したけど、平凡でつまらないな。たいしたことないな」と逆に言っていました。しかし「フフフ、この幸せは信じられないか」と思いました。

「ジョンのコンサートに行ける」ことと「恋が始まる」ことを、信じて疑わない11月でした。

しかし、

ジョンは撃たれてしまいました。
まず信じられなかったです。
「これから再度キャリアをスターティングするために出したんじゃないの?」
「コンサートは、ヨーコさんの故郷、日本(武道館)からスターティングオーバーするはずなのに…」
なぜ「これから」の人が、突然将来を奪われてしまうのか????
悲しい以上に、信じられない、現実を受け止められずに混乱しました。

そして、私の「片思い」は、スターティングできなくて、オーバーしてしまいました。

例の「友人」は(告白することを進めた友人でもありました)ジョンの死のニュースに
「お前もかわいそうだけどがっかりしないで。ジョンのあの作品、素晴らしいな」と慰めてくれました。

「つまらない変人」(70年代後半の中高生はジョンを変な人だと信じていたので)が、
「素晴らしい英雄」に変化した瞬間でした。
しかし「英雄」になることには違和感があり、あまり慰められた気がしませんでした。

ジョンの死と結びつけるのは、失礼な話ですが、
とにかく「W悲しみ」に襲われた80年年末でした。(しばらく立ち直れませんでした)

ビートルズの仲間だった、ポール、ジョージ、リンゴは、こんなもんではない悲しみがあったはずです。
今回リンゴの「気持ち」を初めて聞けて、印象深かったです。
「ともかくいてもたってもいられなく、ヨーコさんのところに飛んで行って、ショーンと遊んだ」
という話は、ジーンと来ました。本当に優しい人なのですね。
「Grow Old With Me」を、ポールと一緒に作ったことは、天国でジョンも喜んでいるでしょう。
アンソロジーで「フリーアズアバード」「リアルラブ」は完成させられました。
今回それから20数年を経て、やり残した仕事をされたことは、感謝したい気持ちです。
その意味ではジョージも喜んでいると思います。

80年はポール逮捕に始まり、途中にはジョンボーナムの死=レッドツェッペリンの解散、そしてジョンの死
と「明るい未来」が一転逆に「暗黒の世界」になる「天国から地獄」のような一年でした。
(ただZEPが出したアルバムは本当に面白くなく、ファンからも酷評されていましたが)
多感な高校生(そんな時代もあったのでしたね)だった私には、激烈な一年でした。

リンゴの話とはあまり関係ない話ですが、
「ジョンの死」で引き起こされた「気持ち」が、書込みさせてしまいました。
長くて超個人的なことで、申し訳ありません。
2019.11.01 20:50 | URL | #kKgNjozQ [edit]
管理人からharu様へ says..."Re: ジョンレノン スターティングオーバー"
haru様 スターティング・オーヴァーへのコメントありがとうございます。
衝撃の1980年でしたね…私もあの瞬間は覚えています。
あの事件で変わりましたね…大きな衝撃でした。
その事実は変わりませんが、それを乗り越える方々がおられて良かったと思います。
Forever John Lennon
2019.11.02 23:21 | URL | #- [edit]

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