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ザ・ビートルズ「Oh! Darling」の裏話と川柳

ザ・ビートルズ「Oh! Darling」の裏話と川柳

長文ですが、読み応えのある記事がありましたので転記させて頂きます。



ザ・ビートルズ「Oh! Darling」の裏話と川柳

ザ・ビートルズが最後のアルバムを完成させた頃には、彼らのレコーディング歴は7年近くになり、その間に、世界は完全に変わってしまったように見えた。しかし、ポール・マッカートニーが書き上げた「Oh! Darling」には、アルバム『Abbey Road』のどの収録曲よりも、バンドが世界的に知られる遥か以前の時代のルーツがあった。

未来を見るだけでなく過去も振り返る

1969年は、ザ・ビートルズにとって未来を見据えるだけでなく、過去を振り返る年でもあった。例えば4月9日のフォト・セッション。ポール・マッカートニーは、1958年の結成間もないザ・クオリーメン時代の写真でジョンとジョージと共にお揃いで着ていたステージ衣装を思い起こさせるような、白黒シャツに身を包んでいる。

それから10年が経ち、その間に様々なことが起こった。ザ・ビートルズはまずトゥイッケナム・フォルム・スタジオで、その後は彼らのアップル・スタジオで、バンドにとって最後の年をスタートさせた。元々は、リリースして間もない『White Album』のレコーディングのために1968年のほとんどを費やした費やしたバンドが、1966年以来となるライヴ・パフォーマンスを行なうことだった。

当初の計画では、彼等のリハーサル風景、そしてその後のパフォーマンス(クルーズ船を2隻借りて、グループが地中海を渡ってチュニジアの古代円形競技場へ向かうというのがひとつの案だった)をテレビの特別生番組で放送するというものであり、すなわちアルバム『White Album』の特徴でもあったスタジオの細工はなしに、生演奏で披露できる曲を1セット分用意しなければならなかった。

“典型的な1955年タイプの曲だ”

当初“ゲット・バック”セッションと呼ばれていた、1969年1月の大半を費やしたこのセッションの2日目に、ポール・マッカートニーは例の白黒シャツ同様に、50年代を彷彿とさせる新曲「Oh! Darling」を披露した。ザ・プラターズやザ・ダイアモンズのロックンロール・バラード・スタイルで書かれたこの曲の初期ヴァージョンで、ジョンとポールは10代の頃に行なった最も古いホーム・レコーディングと同様に(『Anthology 1』の「You’ll Be Mine」のような)、ザ・ダイアモンズの1957年ヒット曲「Little Darlin’」を真似ている。ジョージ・ハリスンの解説通り、“コード構成が非常に良い。典型的な1955年タイプの曲”だった。

ザ・ビートルズは1月中に何度も「Oh! Darling」に取り組んだが(ほぼ完全なヴァージョンが『Anthology 3』に収録)、リンゴが映画製作に専念できるように一連のセッションは終焉を迎えた。しかしその月に披露された多くの楽曲同様に、彼等が完成作品に満足することは決してなかった。

“ちょっと力を入れて歌った”

ザ・ビートルズは僅か数週間の内に新たな曲に取り掛かるためにスタジオに戻った。彼らは1969年の2月から8月にかけて、『Abbey Road』収録曲をレコーディング。これが、多くの彼らの傑作が生まれたスタジオが建つ通り名にちなんで名付けられた作品であり、ジョン、ポール、ジョージ、そしてリンゴが一緒に仕事をした最後のアルバムとなった。

4月20日のセッションで、ザ・ビートルズは再び「Oh! Darling」に取り組んだ。全26テイクの内、最後のテイクが1番良い出来だと見なされバッキング・トラックに採用されたが、曲の運命を左右するのはその歌いっぷりだとポール・マッカートニーは確信していた。

バリー・マイルズ作の伝記『Many Years From Now』の中で、彼は詳しく説明している。「僕が特に覚えているのは、ヴォーカルをしっかりやりたい、良いものにしたいという思いだった。だから毎朝レコーディング・セッションで、ハンド・マイクやスタンディング・マイクを使ってみたり、とにかくあらゆる方法で試してみて、最終的にはかなり納得のいくヴォーカルが出来上がりました。ちょっと力を入れて歌った…。いつもはヴォーカルで色々とトライするのも一日で終わらせるので、俺にしては珍しいことですが」

“声帯を引き裂かんばかりの勢い”

エンジニアのジェフ・エメリックがポールの説明を補足する。「僕たちは毎日、50年代スタイルのテープエコーを使って、声帯を引き裂かんばかりの勢いで全力で歌うポール・マッカートニーの素晴らしいパフォーマンスに酔いしれました」
グループが『Abbey Road』に集中的に取り組み、7月と8月の大半を同プロジェクトに割く中、7月23日、アポロ11号の宇宙飛行士達が月から帰還したその日に、ポール・マッカートニーはアルバムから流れるあの並外れたヴォーカルを漸く捉えた。


“あれはポールによる素晴らしい曲だ”

ジョン・レノンとジョージ・ハリスンの卓越したバッキング・ヴォーカル等のオーバーダブの作業は、8月いっぱい続いた。完成された曲のスタイルは明らかに、ザ・ビートルズの面々が10代の頃に夢中だった50年代の作品に対するトリビュートであると同時に、彼らがどれだけ遠くまで来たか、そうして何処から来たかを明確にした、禁じ手なしのパフォーマンスだった。

この曲についてジョン・レノンは1980年に、「あれはポールによる素晴らしい曲です」と振り返りつつ、こうジョークを加えた。「僕ならもっと上手くやれたのにとずっと思ってました。あれは彼よりも僕っぽい曲だった。彼が書いたわけだから、もう仕方ない、彼が歌うしかない」。

Written By Paul McGuinness

ザ・ビートルズ「Oh! Darling」の裏話:10代の頃に夢中だった50年代の作品に対するトリビュート~udiscovermusic



Oh! Darlingにポールの想いが込められているのですね。素晴らしいエピソードです。今回のAbbey Road 50thでもOh! Darling、良かったですね!感激しました。
その感激に感謝して、川柳を…


信じてと  叫び歩けば  靴を脱ぎ

この曲の激しさを表現したのですが、叫びながら、横断歩道を裸足で歩く…そんな奴はいないか…(笑)
でも分かる人には、この川柳で読まれている曲は何か、誰の事を言っているのか、すぐに分かりますよね。


エッ!?分からん…って…そんな…泣き崩れてしまいます…

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