ゆめ参加NAブログ with Paul McCartney One On One Tour 2017

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1980年1月16日の想い出:ポール・マッカートニーが本誌だけに明かした“来日秘話”

1980年1月16日の想い出:ポール・マッカートニーが本誌だけに明かした“来日秘話”

誰でも思い出したくない事があると思います。でも、何年か経つと笑い話になったり、気にせず話出来る事もあります。
1980年1月16日の事について、話が出来るような状況になった事を、ホッとしましたね。遺恨があったりすると、お互い気まずいですから…
今日はプレイバックとして、この記事を転記します。


1980年1月16日の想い出:ポール・マッカートニーが本誌だけに明かした“来日秘話”

ポール・マッカートニーが本誌だけに明かした“来日秘話”

2013年10月14日にはロックアルバムを6年ぶりにリリース、11月12日からは6年ぶりとなる日本ツアーが始まるポール・マッカートニー(71)。音楽評論家・湯川れい子さんとの対談で1980年の来日時、大麻・不法所持で逮捕され日本の留置所にいた時のことを語った。

湯川:今だからこそ、と言いますか、そろそろ日本の警察の留置場での思い出を語っていただけるのではないかと思うのですが。どうだったんですか?

ポール:ああ、いいよ。振り返ってみると、おかしかったよ。文化を、身をもって体験したというか。僕にしてみれば、留置場に入るのがどういうことかわからなかったし、ましてや日本の留置場に入ることがどういうことか、わかるわけもない。なので、実際とても興味深かったよ。僕の隣の部屋には他の囚人たちがいた。僕は日本語なんてほとんどしゃべれない。「コンニチワ」とかあと二、三言くらいだ。実際、何もしゃべれなかったのだけど、知っている単語を言い合って、彼らと会話をしていたんだ。たとえば僕が「ホンダ! ホンダ!」「カワサキ! カワサキ!」と知っているブランド名を連呼すると、彼らは大笑いする、というように。他にも「マウントフジ!」とか、とにかく知っている単語を叫ぶと、彼らが叫び返す、という具合に。そうやって仲良くなっていったんだ。クレイジーだったよ。僕自身、このあとどうなるのか、まるでわからずにいた。9日後に釈放されたのはとてもラッキーだったと思う。

湯川:9日後ですか!

ポール:ああ。クレイジーだった。他の日本人に会ったこと、それが一番の思い出だね。そのうちの一人は暴力団員だった。背中に大きな刺青(いれずみ)が彫ってあって。僕にはその意味がわからなかったから「いいタトゥーだね!」なんて声をかけたら、別のやつから「違うよ、あれは刺青でマフィアみたいなものだって意味だ」と教えられた。でもそんな彼とも話をしてみると、気が合ったりしてね。

湯川:看守の警官にサインをせがまれ、してあげたというのは本当?

ポール:ああ。誰もがサインを欲しがったよ。僕としては「ちょっと待ってよ。サインするから、僕を出してよ!」って思ってたけど(笑)。日本独自のサイン色紙というのがあるじゃないか。白地にきらきらした、特別の紙…… 。あれにサインしたよ。

湯川:朝はパン一つにゆで卵1個だけだった、というのは本当ですか?

ポール:そうだよ。ロールパン1個にマーマレード、そして味噌汁。おかげでそのあと、長いこと、味噌汁は食べられなかった。何年も経ってから「お味噌汁は?」とたずねられると「いや」と遠慮してしまった。今では好きだけどね。

週刊朝日 2013年10月25日号より

さて、ポールの来日が待たれる所ですが、まだ正式発表がありません…1月末頃には発表、2月発売にしないと、また、チケット販売苦戦しますよ。
ところで、もし、再々来日された時に、どうなんのでしょうか…昨年の5月の中止(延期)公演の事について語られるのかな?
恨んでも怒ってもいませんので、語って欲しいですね…そうすることで、ファンへの信頼回復になると思います。何も語らずに、来日決定!なんて言われても、遠方の方は「どうしようかな…」と思うでしょう。


ところで、上の写真、当時は衝撃的でしたが、この写真に、記者時代の池上彰氏が写っている事は、またビックリでしたね。

ポール・マッカートニー逮捕と池上彰


「あれから35年…」なんて、綾小路きみまろのように話が出来れば、イイですね。
人生いろいろです…

該当の記事は見つかりませんでした。

4 Comments

tetsu says..."Re:1980年1月16日の想い出:ポール・マッカートニーが本誌だけに明かした“来日秘話”"
当時を思い出してしまいました。
新聞の切り抜きは随分長い間保管していましたがいつの間にか無くなってしまいました。
でもチケットのコピーは今でも有ります。
この騒動の中、私が思い出すのはあの伝説の人、永島タツジさんですね。
ポールが留置中リンダや子供たちへのサポートにとても感謝していたこと、
そしてリンダの葬儀「ポールの希望で」に参列した人。
そのほかいろいろと思い出させてくれる写真や記事、談話です。
そして私も若かった・・・
2015.01.18 11:51 | URL | #- [edit]
haru says..."Re:1980年1月16日の想い出:ポール・マッカートニーが本誌だけに明かした“来日秘話”"
1980年。あの時のショックは、前にもかきましたが、半分トラウマみたいに残っていました。あれから35年ですか。

10年後ゲットバックツアーで来日するまでは「ポールは絶対見ることが出来ない」長ーい10年でした。ライブが始まっても半信半疑。「Now」という文字と共にポールが現れたときは、目頭が熱くなり、一瞬何が何だかわからなくなりました。いまだに強烈な思い出です。(前にほとんど同じ内容を投稿をしたことがあり、重複申し訳ありません)

その後3回も日本に戻ってきて、来日のペースも上がってきて、今は夢のような時代です。

35年前のウイングス時代は、「1985」という曲は、どれだけ先の未来を歌っているのだろうと思っていました。しかし今では凄い過去のことです。それでもコンサートで聞くと未来の歌に聞こえて不思議ですね(この曲がコンサートで聴けること自体「夢」です)

「35年たってもポールに夢中だぞ。コンサート何度も見たぞ」と昔の自分に自慢したいです。

2015.01.18 17:50 | URL | #kKgNjozQ [edit]
lightnews says..."Re: Re:1980年1月16日の想い出:ポール・マッカートニーが本誌だけに明かした“来日秘話”"
tetsu様 コメントありがとうございます。
いつになっても、良くも悪くも思い出話しが
出来る事はイイことです。
そして、どんな時でも、サポートして頂いた方には
感謝するべきなんですね。

2015.01.18 20:22 | URL | #- [edit]
lightnews says..."Re: Re:1980年1月16日の想い出:ポール・マッカートニーが本誌だけに明かした“来日秘話”"
haru様 コメント、ありがとうございます。
まさか、35年後にネットで思い出話しをするなんて、
思いもしなかったでしょうね。
次の35年後には、ビートルズはClassicになっているかな?
2015.01.18 20:26 | URL | #- [edit]

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