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ゆめ参加NAブログ with Paul McCartney & NA Dreamers

ポール・マッカートニーから各地の観光まで個性的で気楽な内容、そして、ゆかいな仲間達(NA ドリーマーズ)が集う「ゆめ参加NAブログ」です。 コメント投稿をご希望の方は、ブログ画面の日付の下にある「吹き出し」マークの右側の数字をclickして下さい。自由参加のブログです。
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Carpool KaraokeでPaul McCartneyは、Childhood Homeに行く気がしていなかった…James Corden

ポール・マッカートニー、「カープール・カラオケ」への出演に不安を感じていたことが明らかに

今日のブログは、大好評だった こちらのTV番組についてのエピソードです。





カープールカラオケ Paul McCartney Childhood Home6

ポール・マッカートニーは「ザ・レイト・レイト・ショウ・ウィズ・ジェームズ・コーデン」の名物企画「カープール・カラオケ」への出演に先立って不安を感じていたことが明らかになっている。

ポール・マッカートニーは2018年、同年にリリースした最新作『エジプト・ステーション』のプロモーションの一環として故郷のリヴァプールで「カープール・カラオケ」の撮影に臨んでおり、ジョン・レノンと共に“She Loves You”を書いたことでも知られる、現在は(歴史的建造物を保護する)ナショナル・トラストによって保護されているかつて10代の頃に住んでいた家を訪れている。

カープールカラオケ Paul McCartney Childhood Home1

しかしながら、ポール・マッカートニーがかつて暮らしていた家での撮影は実現しなかった可能性もあったようで、番組で司会を務めるジェームズ・コーデン(James Corden)は当時について、ポール・マッカートニーが昔の家を訪れることに懸念を示していたことを明かしている。

ジェームズ・コーデンは『ザ・ニューヨーカー』誌(The New Yorker)とのインタヴューでポール・マッカートニーとの撮影を振り返り、撮影当日の朝にポール・マッカートニーから懸念を伝えられたとして次のように語っている。「彼にこう言われたんだ。『20歳の時にここを出て以来、訪れていないんだ。少し不思議な気持ちがするんだよ』とね」

「それで、『ポール、今日のあなたの仕事は楽しむことです。なので、もしも不快に感じるようなことがあれば、僕らはそれを控えます』ということを僕は伝えたんだ」

ジェームズ・コーデンは彼が同意してくれたものの、実際に車で訪れた時には彼が考えを改める可能性を懸念していたとして次のように続けている。

「車を停めた後で、こう思ったんだ。『どうしよう。隠語を決めておけばよかったよ。嫌そうな顔をされたらどうしよう?』ってね」

しかし、マッカートニーに「中に入ってみる?」と尋ねてみると、彼は「ああ、そうしよう」と答えたそうだ。

カープールカラオケ Paul McCartney Childhood Home5

2人は最終的にポール・マッカートニーの昔の家を訪れており、ポール・マッカートニーは部屋に置かれているピアノで“When I’m 64”を演奏している。

カープールカラオケ Paul McCartney Childhood Home8

ポール・マッカートニーはその後、番組の終盤でリヴァプールのパブを訪れて、サプライズでライヴを行って地元の人々を驚かせている。

ドリンクは僕のおごりだよ

ポール・マッカートニーは50周年を迎える今年のグラストンベリー・フェスティバルでヘッドライナーを務めることが決定している。

ポール・マッカートニー、「カープール・カラオケ」への出演に不安を感じていたことが明らかに~NME JAPAN

ポール・マッカートニー、育った家への再訪、乗り気ではなかった~BARKS


50数年ぶりに実家に行くって…不安になるのかな…「行こう!」と思わないと行かないですよね…私も幼少の頃の家に行こうとは思わないけれども、誰かが背中を押してくれたら、行ってしまいそうです。
この番組については、ゆめ参加NA探検隊の気分で、実際、ポール&ジェームズが通った道を大調査しました!
こちらのカテゴリーから、ご覧になって下さい。

  ↓  ↓  ↓

カテゴリー:カープール・カラオケ

Youtubeの日本語字幕編が残念ながら強制削除されているので、見れませんが…一部、画像を貼り付けていますので、あの感動を思い出して下さい。

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Paul McArtney のLove Me Doは、240万円!& Rooftop Concert記念日

ラジオで再生された最初のビートルズのレコード、240万円で落札

Paul McArtney のLove Me Doは、240万円!1

英国の放送局ITVによると、ラジオで再生された最初のビートルズ(The Beatles)のレコードがオークションに出品され、17,000ポンド(約240万円)で落札されています。

1962年10月5日、ラジオ・ルクセンブルクはビートルズの「Love Me Do」を放送。ビートルズのレコードが放送で再生されたのはこれが初めてでした。

Paul McArtney のLove Me Doは、240万円!2

このレコードには印刷ミスがあり、McCartneyの綴りを間違えて“McArtney”と印刷しています。

英オールダム出身のラジオDJ、トニー・プリンスは、ラジオ局の番組ディレクターを務めた後、このシングル・レコードを手にしました。彼は局でプレイしたDJではありませんでしたが、彼は何人かの同僚と共にレコードライブラリの片付けを依頼されたことがあり、このシングルを家に持ち帰っていました。

Paul McArtney のLove Me Doは、240万円!3

オークションを主催したオメガ・オークションは、タイプミスを「音楽史で最も有名なスペルミス」となる可能性があると説明。またオメガ・オークションのアシスタント・オークション・マネージャー、ダン・ハンプソンは、このレコードは「世界で最も収集価値のある重要なレコードのひとつ」とも説明しています。

Paul McArtney のLove Me Doは、240万円!4

1994年からのファックスには、「Dear Tony、ラジオルクセンブルクで最初に「Love Me Do」(最初のリリース)を聞いたことを確認できてうれしいです。 プレイしてくれてありがとう。 乾杯、すべてに最高」。

ラジオで再生された最初のビートルズのレコード、240万円で落札~amass


今日は、1月30日、Rooftop Concertの日…なのですが…今日はお疲れで…写真とYoutubeで…楽しみください…

1月30日、Rooftop Concert1

1月30日、Rooftop Concert2

1月30日、Rooftop Concert3

1月30日、Rooftop Concert4



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ビートルズの新ドキュメンタリー(監督ピーター・ジャクソン)の一部がショーケースで上映 「神話を覆す全く新しい映画」

ビートルズの新ドキュメンタリー(監督ピーター・ジャクソン)の一部がショーケースで上映 「神話を覆す全く新しい映画」

ビートルズの新ドキュメンタリー(監督ピーター・ジャクソン)の一部がショーケースで上映 「神話を覆す全く新しい映画」

サイトVarietyによると、『ロード・オブ・ザ・リング』のピーター・ジャクソンが監督するビートルズ(The Beatles)の新たなドキュメンタリー映画の一部が、先週末に開催されたユニバーサル・ミュージックの年次ショーケース(the Universal Music showcase)で上映されたという。

このドキュメンタリー映画は2019年1月に制作が発表された作品で、アルバム『Let It Be』制作時のセッションに新たな光を当てたもの。1969年1月2日から1月31日の間にスタジオで撮影されたビートルズの約55時間にわたる未公開映像を基に制作されています。

アップル・レコードの代表ジェフ・ジョーンズ(Longtime Apple Records chief Jeff Jones)は、この映画について「私たちは『Let It Be』セッションがビートルズにとどめを刺したという神話を覆すであろう全く新しい映画を作りました」とショーケースにてコメントしています。

ショーケースでは、数分のプレビューを上映。Varietyは、
「確かに映画『Let It Be』に対する驚くべき逆のストーリーが展開されている。ヴィジュアル的にも精神的にも明るく、ビートルズが冗談を言ったり、お互いをからかったり、ふざけたアクセントで歌ったり、ヴィンテージのMoptop hijinksを楽しんだりしている多くのショットがある。
また、アルバム『Abbey Road』の曲をリハーサルするバンドのシーンもたくさんある。ソロ・アルバムに登場するような曲のラフなヴァージョンもある。ビートルズのファンはこの映画に夢中になるだろう」

とレビューしています。


ビートルズの新ドキュメンタリー(監督ピーター・ジャクソン)の一部がショーケースで上映 「神話を覆す全く新しい映画」

ピーター・ジャクソンは1年前、この映画について「55時間分の未公開映像と、140時間分のオーディオを使わせてもらうことができるので、この映画をビートルズ・ファンが長い間夢見ていた “現場に立ち会う”という究極の映像体験にしようと思っている。
つまりタイム・マシーンに乗って1969年に戻り、スタジオで4人が素晴らしい音楽を作っている現場に居合わせるような体験です」とコメントしていました。


映画の基となった映像は、元々はテレビの特別番組のために撮影されたもの。『Let It Be』のアルバムと映画は、当時バンドがうまくいかずに苦しんでいたというニュアンスでしばしば語られてきましたが、ピーター・ジャクソンは「実際は神話とはずいぶん違うものだったと知って安心しました。

ビートルズの新ドキュメンタリー(監督ピーター・ジャクソン)の一部がショーケースで上映 「神話を覆す全く新しい映画」 1

マイケル・リンゼイ=ホッグが、解散の18か月前に撮影した映像、そして音源をすべて確認したところ、これらが素晴らしい宝の山だということに気づきました。もちろん感情的な行き違いの瞬間も捉えられていますが、これは、このプロジェクトが長年言われいたような仲違いの記録ではありません。

ジョン、ポール、ジョージ、リンゴの4人が、今やクラシックな楽曲を一から共に作りあげていく様子は、素晴らしいだけでなく、面白く、気分が高揚する体験で、また彼らの仲の良さには本当に驚かされます」とも述べています。
また「このような素晴らしい映像を託してもらえたことをとても光栄に思っています。この映画を作ることは、私にとっては心から楽しい作業になるでしょう」とも1年前に語っています。


ビートルズの新ドキュメンタリー(監督ピーター・ジャクソン)の一部がショーケースで上映 「神話を覆す全く新しい映画」 3

ピーター・ジャクソンは、第一次世界大戦のドキュメンタリー映画『They Shall Not Grow Old』のプロデューサーのクレア・オルセンと編集者のジャベス・オルセンと共にこの作品に取り組む予定。映像は『They Shall Not Grow Old』のために開発された映像修復の技術を用いて新品同様の状態にレストアされる予定です。

映画の公開日やタイトルはまだ発表されていません。Amazonなどによると、10月には『Get Back: The Beatles』という本が出版される予定です。

この映画はポール・マッカートニー(Paul McCartney)、リンゴ・スター(Ringo Starr)、オノ・ヨーコ(Yoko Ono)、オリヴィア・ハリソンの完全な協力のもとに制作されています。

ビートルズの新ドキュメンタリー(監督ピーター・ジャクソン)の一部がショーケースで上映 「神話を覆す全く新しい映画」~amass


上映された時間は、数分のようですね。
ヴィンテージのMoptop hijinks (原文: vintage Moptop hijinks).って…あのマッシュルームカットでふざけているって事かな?

カテゴリー:Get Back Let It Be 50Th

Rooftop Concert 1月30日に、何か発表があるかな…この映像の一部でも発表されたら、嬉しい!

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記憶が曖昧な僕の1980年ポール・マッカートニー&ウイングスのチケット騒動 終

記憶が曖昧な僕の1980年ポール・マッカートニー&ウイングスのチケット騒動 終

記憶が曖昧な僕の1980年ポール・マッカートニー&ウイングスのチケット騒動 終

記憶というのは、エー加減なもので、年月が経つと自分の都合の良いように思い出したり、忘れたりするものです…と、またまた昨日と同じセリフで始まりましたが、今回、40年も前の事を思い出して掲載する事自体、無茶な話ですが、近年、ビートルズ○○50周年記念として、当時、何らかの事に携われた方が講演をされる事がありますが、よく覚えているな~と思いますね。まあ、話をしている内に、あれもこれもと思い出す事があるのでしょうね。

さて、今日は1月28日、その40年前…本当ならポール・マッカートニー&ウイングスの公演が大阪・フェスティバルホールで開催されているはずでした。
大阪人にとって、「阪神・たこ焼き・フェスティバルホール」と言われるくらい(スイマセン、勝手に作りました。)フェスティバルホール(略してフェス)は音楽ファンにとっては憧れの会場なのです。

これまで、このフェスでは、初来日したU2(ボノが若かった)、ユーミン(REINCARNATIONツアーで歌う度に服を脱いで最後はレオタードで歌う…別にそんなユーミンを見たいわけではなかったが…その演出の度胸に拍手)、キング・サニー・アデ(King Sunny Adé)(ナイジェリア出身のジュジュ・ミュージックでNHKが取材に来ていた程、大盛り上がり!)などを見た覚えがあります。

そんなフェスでのポール・ライヴです。期待するに決まっていますが…まさかのまさか…ポールが1月16日・日本で逮捕されるとは…1月25日には国外退去命令で離日…既にポールは日本にはいなかったのです。

その時、私はどうしていたのか…
フェスにいた?いえいえ
ポールのアルバムを聞いていた?いえいえ
音楽雑誌をしていた?いえいえ
勉強していた…それは絶対にない(笑)。
28日は寝込んでいたのです。学校は休んだと思います。

数日前から咳き込んでおり、28日は熱を出して寝込んでいたのです。
なんて事か…もし公演があったら、どうしていたか…
「公演があったら、行くよ」と言った僕に対して、母親が「なに、アホな事を!寝なさい!」のような会話をしたような…母にとっては、子供の遊びよりも、身体の方を心配して言ってくれていたと思うのですが、母の気持ち子知らずで、自分の不甲斐なさに落ち込んでいた…購入したチケットは、お返しして良かったかと…

その母はもう居ません。
あの時の母の気持ちが残ります。40年前…それも1つの想い出かな…感謝です。

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記憶が曖昧な僕の1980年ポール・マッカートニー&ウイングスのチケット騒動 Part2

記憶が曖昧な僕の1980年ポール・マッカートニー&ウイングスのチケット騒動 Part2

記憶が曖昧な僕の1980年ポール・マッカートニー&ウイングスのチケット騒動 Part2

記憶というのは、エー加減なもので、年月が経つと自分の都合の良いように思い出したり、忘れたりするものです…と、昨日と同じセリフで始まったPart2ですが、今日は、チケットの所在についての話です。

1980年1月にポール・マッカートニー&ウイングスが来日公演をするので、ワクワクしながら購入したフェスティバル・ホールのS席10,000円のチケット。
公演が中止になって、その後、チケットはどうなったのか…それは、昨日のブログ・コメントの通り…即!ウド-音楽事務所に返却し返金して貰いました。


「置いとけば、良かったのに…」とか「価値が上がったのに…」とか、挙句の果ては「ポール・マッカートニーはもう来ないかもしれないので、持っていれば良いのに…」と言われた事もありました。それでも換金したのには当時の事情があるのです。それは…

10,000円は、た!た!た!大金なのです!!40年前の10,000円ってトンデモナイ金額です。
そして、もう1つの事情は…ポール・マッカートニーの公演について、親に話をしていたのです。つまり公演が中止になって言われた(と思うのですが)のは、「そんなチケット買うからこんな目に遭うんだ!」(想像を含む)のような雰囲気が家庭内であった事。
そして、中止になったチケットの価値を誰も考えていなかった…


そんな感じで、確かウド-音楽事務所で換金されるとの新聞広告を見て、泣く泣くウド-音楽事務所に行ったのかな…行って驚いたのは、NA NA NAんと!ウド-音楽事務所でパンフレットが売っているではないか!テーブルに山積み!これは買わねば!と即買いしました。もうこれだけで、ウキウキ・ランランでしたね(笑)。

それからです…今頃知ったのですが、当時ウド-音楽事務所がお詫びに、チケット購入者にパンフレットを郵送していた!との事実を耳にしました!
エッ!?その後、1980年5月に発売されたニューアルバム「McCartney Ⅱ」のオマケに付いていた!?


私には送って来なかったよ!あっ!もしかして、換金した人には送らず、換金しなかった人に郵送したのかな…ん…謎…

ニューアルバム「McCartneyⅡ」を発売日頃に阪急電車・池田駅の近くのレコード店で購入しましたが、パンフレットのオマケなんてなかったよ(怒)!

ポール・マッカートニー&ウイングスの公演に関しての悲喜こもごもは私だけではないはずです。公演中止40周年記念として、嫌な事を忘れる為にコメントをご記入下さい。

晴れ晴れとした気分で、ポール・マッカートニー2020・国立競技場公演を願いましょう

晴れ晴れとした気分で、ポール・マッカートニー2020・国立競技場公演を願いましょう!

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