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ゆめ参加NAブログ with Paul McCartney & NA Dreamers

ポール・マッカートニーから各地の観光まで個性的で気楽な内容、そして、ゆかいな仲間達(NA ドリーマーズ)が集う「ゆめ参加NAブログ」です。 コメント投稿をご希望の方は、ブログ画面の日付の下にある「吹き出し」マークの右側の数字をclickして下さい。自由参加のブログです。
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映画「Get Back」についてRingo Starrが語る。“There’s A Lot More Joy”「もっとたくさんの喜びがあるよ。」

映画「Get Back」についてRingo Starrが語る。“There’s A Lot More Joy”「もっとたくさんの喜びがあるよ。」

Ringo Starrは、待望のThe Beatles「Get Back」ドキュメンタリーについての彼の考えと初期の印象を語りました。
ピーター・ジャクソンが監督したこの映画は、Apple Corps Ltdとディズニーが配給したWingNut Filmsが今夏リリースする予定でしたが、コロナウイルスのパンデミックの影響で、北米での2020年9月4日公開が、2021年8月27日に延期となりました。


スターは7月7 日 に彼の80歳の誕生日のお祝いの計画を公表しました。そして、彼はビートルズのLet It Beアルバムの作成中に撮影された何時間もの映像で、ピーター・ジャクソン監督の新しい映像の一部を見た事を明らかにしました。彼は、次のドキュメンタリーの中心となるグループの有名なrooftop performanceについて次のように感想を述べました。

「Get Back」についてRingo Starrが語る。“There’s A Lot More Joy”

“I’d only seen the on-the-roof stuff”「私はルーフトップの映像しか見なかった」
「ピーターが一緒に編集したルーフトップの映像しか見なかったので、映画のリリースが遅れたと聞いてがっかりした」とリンゴは言った。


彼は、新しい治療法がMichael Lindsay-Hogg’s 1970 film Let It Be(マイケル・リンゼイ・ホッグの1970年の映画「レット・イット・ビー」)を大幅に拡大し、アルバムのセッションを新しくはるかにポジティブにキャストしていることに気付きました。

「それは、10分長くなったと思うのだけど…」と前の映画の屋上編集についてリンゴは言いました。
「それが今度は36分で、すごいです。ドキュメンタリーの残りの部分を自分のやり方でまとめていました。」


「あなたはそれがどのように始まったか知っているよね。」とリンゴは続けました。
「56時間の未使用の映像が見つかったんだ。だから私たちはプレイする事がたくさんあるよ。そして、私はいつも出てきたものについて、少しつまらないと思っていたけれども、今回は何が起こったのか1秒で分かったよ。


「彼がロサンゼルスに来たとき」とジャクソンとの会議について、リンゴは説明しました。
「私は彼のiPadシアター(app, to view the footage)を呼び出し、彼は私に「ほら、みんな笑ったり冗談を言ったりして楽しんでいるよ。そして、プレイしているんだけれども、もっとたくさんの喜びがあるんだ。」


スターは、ジャクソンは2月からスタジオに戻ることが出来なかったと説明して締めくくりました。


udiscovermusic.comより直訳で掲載しました。PANさん、ご連絡ありがとうございます。

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残念…ビートルズの新ドキュメンタリー『The Beatles: Get Back』(監督ピーター・ジャクソン)公開延期・2021年8月へ

残念…ビートルズの新ドキュメンタリー『The Beatles: Get Back』(監督ピーター・ジャクソン)公開延期・2021年8月へ

『ロード・オブ・ザ・リング』のピーター・ジャクソンが監督するビートルズ(The Beatles)の新たなドキュメンタリー映画『The Beatles: Get Back』。北米公開日が延期に。当初は2020年9月4日に予定されていましたが、新型コロナウイルスの影響で1年後の2021年8月27日に公開される予定です。映画の配給元であるディズニーが6月12日に発表しています。

残念…ビートルズの新ドキュメンタリー『The Beatles: Get Back』(監督ピーター・ジャクソン)公開延期・2021年8月へ

このドキュメンタリー映画は、2019年1月に制作が発表された作品で、アルバム『Let It Be』制作時のセッションに新たな光を当てたもの。1969年1月にマイケル・リンジー=ホッグが撮影したビートルズ「ゲット・バック・セッション」の未公開映像約55時間と、『Let It Be』アルバム・セッションからの未公開オーディオ140時間を基に制作されています。また映画では、ビートルズの最後ライヴ・パフォーマンスとなる、1969年1月30日に英ロンドンのアップル・コアの屋上で行ったライヴ・パフォーマンスの映像もフィーチャーしています。

この映画はポール・マッカートニー(Paul McCartney)、リンゴ・スター(Ringo Starr)、オノ・ヨーコ(Yoko Ono)、オリヴィア・ハリソンの完全な協力のもとに制作されています。

ピーター・ジャクソンは以前、この映画について「55時間分の未公開映像と、140時間分のオーディオを使わせてもらうことができるので、この映画をビートルズ・ファンが長い間夢見ていた “現場に立ち会う”という究極の映像体験にしようと思っている。つまりタイム・マシーンに乗って1969年に戻り、スタジオで4人が素晴らしい音楽を作っている現場に居合わせるような体験です」とコメントしていました。また今回、「このプロジェクトに取り組むことは、喜ばしい発見でした。史上最高のバンドが傑作を作り、演奏し、制作している間、私は壁のハエになる特権を得ました。ディズニーがディストリビューターとしての地位をステップアップさせたことに興奮しています。私たちの映画を最も多くの人に見てもらうのにこれ以上ない」ともコメントしています。

この当時バンドがうまくいかずに苦しんでいたというニュアンスでしばしば語られてきましたが、ピーター・ジャクソンは以前に「実際は神話とはずいぶん違うものだったと知って安心しました。マイケル・リンゼイ=ホッグが、解散の18か月前に撮影した映像、そして音源をすべて確認したところ、これらが素晴らしい宝の山だということに気づきました。もちろん感情的な行き違いの瞬間も捉えられていますが、これは、このプロジェクトが長年言われいたような仲違いの記録ではありません。ジョン、ポール、ジョージ、リンゴの4人が、今やクラシックな楽曲を一から共に作りあげていく様子は、素晴らしいだけでなく、面白く、気分が高揚する体験で、また彼らの仲の良さには本当に驚かされます」「このような素晴らしい映像を託してもらえたことをとても光栄に思っています。この映画を作ることは、私にとっては心から楽しい作業になるでしょう」とも話していました。

ピーター・ジャクソンは、第一次世界大戦のドキュメンタリー映画『They Shall Not Grow Old』のプロデューサーのクレア・オルセンと編集者のジャベス・オルセンと共にこの作品に取り組んでいます。映像は『They Shall Not Grow Old』のために開発された映像修復の技術を用いて新品同様の状態にレストアされます。

この映画についてポール・マッカートニーは「ピーターが僕たちのアーカイブを掘り下げて、ビートルズのレコーディングについての真実を一緒に示す映画を作ったことを本当に嬉しく思う。僕たちの友情と愛が知れ、僕たちがどんなに素晴らしい時を過ごしたかを思い出させてくれます」と話し、リンゴ・スターは「この映画をとても楽しみにしています。ピーターは素晴らしく、この映像をすべて観るのはとてもクールなことです。僕たちは何時間もただ笑ったり演奏をしたりしていました。世に出たヴァージョンと全く違います。多くの喜びがあり、ピーターがそれを見せてくれると思います。このヴァージョンは、本当にそうであったように、もっと平和で愛に満ちたものになると思います」と話しています。

サイトVarietyによると、このドキュメンタリー映画の一部は、1月に開催されたユニバーサル・ミュージックの年次ショーケースで上映されています。

アップル・レコードの代表ジェフ・ジョーンズはショーケースにて、この映画について「私たちは『Let It Be』セッションがビートルズにとどめを刺したという神話を覆すであろう全く新しい映画を作りました」とコメントしています。

ショーケースでは、数分のプレビューを上映。Varietyは、

「確かに映画『Let It Be』に対する驚くべき逆のストーリーが展開されている。ヴィジュアル的にも精神的にも明るく、ビートルズが冗談を言ったり、お互いをからかったり、ふざけたアクセントで歌ったり、ヴィンテージのMoptop hijinksを楽しんだりしている多くのショットがある。また、アルバム『Abbey Road』の曲をリハーサルするバンドのシーンもたくさんある。ソロ・アルバムに登場するような曲のラフなヴァージョンもある。ビートルズのファンはこの映画に夢中になるだろう」

とレビューしています。

なおディズニーは、映画『レット・イット・ビー(Let It Be)』(1970年)のレストア版も今後公開すると発表しています。

ビートルズの新ドキュメンタリー『The Beatles: Get Back』(監督ピーター・ジャクソン)公開延期 2021年8月~amass





このDisneyの発表は、コロナウイルスのパンデミックおよび映画館の閉鎖の結果として、2020年および2021年のハリウッドのリリースカレンダーが変更となりました。
残念です…どうなるLet It Be 50周年記念…

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ビートルズ『Let It Be』はどうやってできたのか:ゲット・バック・セッションと屋上ライヴ、そして最後の作品へ

ビートルズ『Let It Be』はどうやってできたのか:ゲット・バック・セッションと屋上ライヴ、そして最後の作品へ

ビートルズ『Let It Be』はどうやってできたのか:ゲット・バック・セッションと屋上ライヴ、そして最後の作品へ

1969年1月30日、ロンドンの高級住宅地サヴィル・ロウにあるアップル社のオフィスの屋上でザ・ビートルズ(The Beatles)が行ったゲリラ・ライヴを、彼らのフェアウェル・ライヴと考えてもおかしくはないだろう。演奏後に、バンドは静かに階段を降りて通りに出て、集まった人たちは仕事に戻り、ザ・ビートルズのメンバーはそれぞれの道を進んでいき、そうしてバンドの物語は終わり。ということを想像するのは難しくない。しかしそこで物語は終わらなった。



その数週間後、ザ・ビートルズはスタジオに戻り、そのまま春の間もレコーディングを続け、その後、7月と8月のほごぼ全期間を『Let It Be』が発売される何か月も前るリリースされたアルバム『Abbey Road』の完成に費やした。

映画『ロード・オブ・ザ・リング』シリーズを手掛けた名監督ピーター・ジャクソンが新たに手掛けているドキュメンタリー映画『The Beatles: Get Back』は、1969年1月に撮影された何時間ものフィルムから、今までとは異なるバンドの物語を提示することになるだろう。「現実は神話とは全く異なるものです」と監督は最近明らかにしている。

映画についてリンゴ・スターはこのようにコメントしている。

「バンドが解散する18ヶ月前、マイケル・リンゼイ=ホッグによって撮影した映像と音声をすべて見直してみましたが、驚くべき歴史の宝庫でした。確かにドラマチックな瞬間もありますが、このプロジェクトで長い間言われてきた僕らの不仲なものはありません。たくさんの喜びがありましたし、ピーターはそれを見せてくれると思います。今回のバージョンは、私たちが本当にそうだったように、もっと平和で愛に満ちたものになると思います」

そしてポール・マッカートニーもリンゴの意見に同意してこう付け加えている。

「明らかに僕らに一緒にいて楽しんでいました。お互いに尊敬し合い、一緒に音楽を作っているのが皆さんも見ることができます、それがひもとかれていくのがとても楽しみです」

その数週間後、ザ・ビートルズはスタジオに戻り、そのまま春の間もレコーディングを続け、その後、7月と8月のほごぼ全期間を『Let It Be』が発売される何か月も前るリリースされたアルバム『Abbey Road』の完成に費やした。

映画『ロード・オブ・ザ・リング』シリーズを手掛けた名監督ピーター・ジャクソンが新たに手掛けているドキュメンタリー映画『The Beatles: Get Back』は、1969年1月に撮影された何時間ものフィルムから、今までとは異なるバンドの物語を提示することになるだろう。「現実は神話とは全く異なるものです」と監督は最近明らかにしている。



映画についてリンゴ・スターはこのようにコメントしている。

「バンドが解散する18ヶ月前、マイケル・リンゼイ=ホッグによって撮影した映像と音声をすべて見直してみましたが、驚くべき歴史の宝庫でした。確かにドラマチックな瞬間もありますが、このプロジェクトで長い間言われてきた僕らの不仲なものはありません。たくさんの喜びがありましたし、ピーターはそれを見せてくれると思います。今回のバージョンは、私たちが本当にそうだったように、もっと平和で愛に満ちたものになると思います」

そしてポール・マッカートニーもリンゴの意見に同意してこう付け加えている。

「明らかに僕らに一緒にいて楽しんでいました。お互いに尊敬し合い、一緒に音楽を作っているのが皆さんも見ることができます、それがひもとかれていくのがとても楽しみです」

ゲット・バック・セッション

1969年は、ザ・ビートルズの名を冠した2枚組のアルバム、通称『White Album』がチャート1位にランクインしたことで始まった。それだけでは十分ではなかいかのように、アニメーション映画『イエロー・サブマリン』のサウンドトラックが、1月17日に発売されている。



そんな中、彼らは元旦の翌日、次のプロジェクトの準備をしているところを撮影されるために、トゥイッケナムのスタジオに向かうために、夜明け前に起きていたのだ。

トゥイッケナムには少なくともアルバムを録音するのに十分な機材はなかったが、この企画は当初、テレビ特番用にリハーサルやパフォーマンスを撮影することだった。撮影したのは当時28歳の若くてダイナミックなマイケル・リンゼイ=ホッグだ。彼は、革命的なポップTV番組「Ready Steady Go!」を担当し、ザ・ビートルズの「Paperback Writer」「Rain」「Hey Jude」「Revolution」のプロモクリップを監督した経験があった。音楽プロデューサーのグリン・ジョンズもこの場におり、彼は、テレビ特番として収録される予定だったライヴ・コンサートの音響監修のために招かれていた。グリンはリンゼイ=ホッグと共にザ・ローリング・ストーンズの『The Rolling Stones Rock and Roll Circus』のTVスペシャルで仕事をしたことがあったためだ。



トゥイッケナムからアップルへ

ライヴ・パフォーマンスに適した曲が詰まったアルバム『The Beatles (White Album)』でチャート1位を獲得したにもかかわらず、ザ・ビートルズはすぐに新曲の制作に取り掛かった。1月2日、ジョン・レノンがジョージ・ハリスンとともにギターをチューニングする間に「Don’t Let Me Down」を演奏。二人がこの曲に慣れ始めた頃、リンゴ・スターが到着し、すぐにドラムで参加した。ジョージはジョンに「いい曲だね。シンプルな曲が好きなんだ」と「Don’t Let Me Down」が気に入ったと伝えている。この最初の朝のセッションにポールは遅刻してきたが、到着したと同時にポールも演奏に参加した。

こうしてセッションは続き、「Don’t Let Me Down」の他にも「Two Of Us」「I’ve Got A Feeling」「All Things Must Pass」「Maxwell’s Silver Hammer」などの演奏が行われた。彼らは新曲に集中しただけでなく、リバプールやハンブルグでの名声を得る前の時代にさかのぼって、多くのカバー曲をジャムしたりもしていた。



しかし、前年の『The Beatles (White Album)』のセッションの途中で、リンゴが一時バンドを脱退した時と同じ緊張が再燃した。1月10日の金曜日の昼食前に、ジョージが脱退を宣言して、スタジオを離れたしまった。

残った3人のメンバーは、トゥイッケナムから場所を移すまでの数日間、ジョージ抜きで活動を続けた。そして1月20日、ロンドン中心部のサヴィル・ロウにあるアップルのビルの地下に新しく設置されたスタジオにジョージを含めた全員が集結した。しかし、ザ・ビートルズの仲間だったギリシャの電子技術者マジック・アレックスが設定したセットアップに不備があることが判明し、翌日にアビーロードにあるEMIのスタジオからポータブル機器が運び込まれ、作業が再開された。

リンゴはこう振り返っている。「アップルの設備は素晴らしかった。とても快適で、自分たちの家のようでもありました。私たちが働いてないときでも、居心地を良くするために、暖炉の周りに座ってくつろぐこともできました。ただ、自分たちの演奏をプレイバックで聴くときだけは火はつかえませんでした、薪のはじける音がしたのでね」



ビリー・プレストンの加入

スタジオの雰囲気は、卓越したオルガニスト、ビリー・プレストンが加わったことでさらに向上することになる。ザ・ビートルズはハンブルグ時代から彼のことを知っていたが、彼がこのセッションに参加したことでグループ内の士気が高まったのだ。ビリーがロンドンでレイ・チャールズと演奏していた時、ジョージが彼に会ったことがきっかけでビリーを連れてきたと説明している。

「僕たちが地下室で’Get Back’をやっている時に彼がスタジオに到着したんです。僕は受付に行って、こう言ったんです『みんなで変なことをしているから、入ってきて一緒に演奏してくれないか』。彼は興奮していました。他の人たちもビリーを大好きなのは知っていましたが、(彼が参加してくれたことで)まるで、新鮮な空気を吸っているようでした」

1969年の1月の残りの時間はサヴィル・ロウの地下室でトゥイッケナムで出来た曲を磨きながら、新しい曲にも取り掛かった。「Get Back」はトゥイッケナムでもジャムセッションされていたが、1月23日、アップル社にきた頃にはより完全に形になっていた。他にもジョージの「For You Blue」、ポールの「Let It Be」と「The Long And Winding Road」、ジョンの「Dig A Pony」など完成間近の曲があった。



このセッションで演奏された多くの曲は、リンゴの「Octopus’s Garden」、ジョージの「Something」、ジョンの「I Want You (She’s So heavy)」、ポールの「Oh! Darling」などで、それらはアルバム『Abbey Road』に収録されたものや、他には各人のソロ・アルバムに収録されることになる曲も含まれている。

プロジェクトを締めくくるライヴ・パフォーマンスの場所の候補として、北アフリカの古代円形劇場から孤児院まで、いくつかの会場が検討されていたが、最終的にロンドンの賑やかなリージェント・ストリートの裏手にあるアップル社のビルの屋上で、ゲリラ・ライヴを行うことが土壇場で決定された。ポールはこう振り返る

「『あと2週間でどうやってこれを終わらせるか?』って映画の終わり方を探していたんです。そこで、屋上に上がってコンサートをして、それぞれが家に帰るってことになったんです」



1969年1月30日、ルーフトップ・コンサート

ビリー・プレストンがキーボードを担当したザ・ビートルズは、1969年1月30日、木曜日の昼休みの約45分間、屋上で演奏を行った。それは、警察が近隣の企業から騒音や群衆が増えたことで発生した交通渋滞の苦情を受けてバンドに演奏をやめるように要請するまでの間の時間だった。リンゴは警察が到着した時のことを覚えている。

「近所の誰かさんが警察を呼んだんだけど、警察が来た時、僕は少し離れたところで演奏していたんですが、“うわ、すごい!”って思いました。できれば警官に引きずられたかったですね。“ドラムから離れるんだ”って言われて羽交い絞めされるようなね。なんだって撮影されていましたし、シンバルとか何かを蹴ったりしてたら、すごい良い画が撮れたはずです。もちろん警察にはそんなことはされませんでした。“音を小さくしてくれますか”って言われただけでしたね」

その翌日は歴史的な一日となる。バンドが「Let It Be」「The Long And Winding Road」「Two Of Us」を演奏したスタジオ・ライヴのシーンは、ザ・ビートルズの4人が一緒に撮影された最後の機会となったのだ。そして映画を制作のための1ヶ月間のセッションは終了した。しかし、それだけで物語は終わらない。アルバム『Let It Be』が日の目を見るのは1年以上も先のことだった。



発売されなかった『Get Back』と発売された『Let It Be』

ゲット・バック・セッションで録音された音源はグリン・ジョンズに手渡された。彼は何十時間にもわたって録音された音楽から、ザ・ビートルズを忠実に再現したアルバムを作ることを任されたのだ。1963年のデビュー・アルバム『Please Please Me』を模したカバーの写真撮影が行われたが、1969年の夏に『Get Back』というアルバムをリリースするという当初のアイデアは最終的に実現しなかった。

グリン・ジョンズは1970年1月初旬、ほぼ完成した映画に合わせて再びアルバム『Get Back』の新しいバージョンを編集した。映画の中で演奏された新曲を映画のサウンドトラックに入れたいというバンドの希望を反映してか、ジョージの「I Me Mine」の完全版が欠けていたため、ポール、ジョージ、リンゴは1970年1月3日にスタジオに戻り、2日間滞在して「Let It Be」にオーバーダブを加えて録音した。



しかしその努力も棚上げとなり、伝説的なアメリカのプロデューサー、フィル・スペクターがプロジェクトを完成させるために参加した。そして、出来上がっていた楽曲に合唱とオーケストラのオーバーダブを追加するというフィルの決定はポール・マッカートニーを怒らせた。

「彼はあらゆる種類のものを追加したんです。自分だったらやらないような、“The Long And Winding Road”に女性コーラスをいれたりね。史上最悪のレコードになったとは思わないですが、僕らのレコードに僕らの知らないような音が入っていたという事実は間違っています」

ゲット・バック・セッションが終了してから1年以上経った1970年5月8日、ついに『Let It Be』がリリースされた。裏表紙には「新しいフェーズのザ・ビートルズのアルバム…」と書かれていたが、アルバムがプレスされている間には、バンドはもう存在しなかった。このアルバムは実際には彼らの最後の音楽作品にはならなかったかもしれないが、これはビートルズがそのままにしておいた(Let It Be)サウンドだったのである。



ビートルズ『Let It Be』はどうやってできたのか:ゲット・バック・セッションと屋上ライヴ、そして最後の作品へ~uDiscoverMusic

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The Beatles: Let It Be 50th

The Beatles: Let It Be 50th

The Beatles: Let It Be


1970年5月8日にイギリスで発売され、英米など世界中で1位を獲得したビートルズ(The Beatles)の13作目のスタジオ・アルバム『Let It Be』。発売50周年を記念した26秒の動画がビートルズのYouTubeやSNSで公開されています。

ビートルズ『Let It Be』 発売50周年を記念した動画公開~amass




When I find myself in times of trouble
Mother Mary comes to me
Speaking words of wisdom
Let it be
And in my hour of darkness
She is standing right it front of me
Speaking words of wisdom
Let it be


Let it be, let it be
Let it be, let it be
Whisper words of wisdom
Let it be


And when the broken hearted people
Living in the world agree
There will be an answer
Let it be
For though they may be parted there is
still a chance that they will see
There will be an answer
Let it be


Let it be, let it be
Let it be, let it be
yeah, there will be an answer
Let it be


And when the night is cloudy
There is still a light that shines on me
Shine until tomorrow
Let it be
I wake up to the sound of music
Mother Mary comes to me
Speaking words of wisdom
Let it be


Let it be, let it be
Let it be, let it be
There will be an answer
Let it be






Glyn Johns 28th May 1969 Mix
Get Back: Glyn Johns 3rd Mix
Mastering Date: 28th May 1969

1. One After 909
2. Rocker
3. Save The Last Dance For Me
4. Don't Let Me Down
5. Dig A Pony
6. I've Got A Feeling
7. Get Back
8. For You Blue
9. Teddy Boy
10. Two Of Us
11. Maggie Mae
12. Dig It
13. Let It Be
14. The Long And Winding Road
15. Get Back (Reprise)



Glyn Johns 5th January 1970 Mix
Get Back: Glyn Johns 4th Mix
Mastering Date: 5th January 1970

1. One After 909
2. Rocker
3. Save The Last Dance For Me
4. Don't Let Me Down
5. Dig A Pony
6. I've Got A Feeling
7. Get Back
8. Let It Be
9. For You Blue
10. Two Of Us
11. Maggie Mae
12. Dig It
13. The Long And Winding Road
14. I Me Mine
15. Across The Universe
16. Get Back (Reprise)




The Beatles’ final studio album, ‘Let It Be,’ was released 50 years ago today in the U.K.

Side one
“Two of Us”
“Dig a Pony”
“Across the Universe”
“I Me Mine”
“Dig It”
“Let It Be”
“Maggie Mae”

Side two
“I’ve Got a Feeling”
“One After 909”
“The Long and Winding Road”
“For You Blue”
“Get Back”

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Apple Recordsの元米国マネージャーのケン・マンスフィールドと一緒にビートルズのLet It Beを振り返る。

Apple Recordsの元米国マネージャーのケン・マンスフィールドと一緒にビートルズのLet It Beを振り返る。(直訳)

Apple Recordsの元米国マネージャーのケン・マンスフィールドと一緒にビートルズのLet It Beを振り返る

Elmoreのライターであるボブ・ジルアードBob Girouardは、半世紀前に開催されたビートルズの最終公演である伝説的な“rooftop concert,”について、音楽の幹部・プロデューサー・作家のケン・マンスフィールドKen Mansfieldと話をしました。
これが彼のレポートです。


1960年代、イギリスのロンドンほど激しくスイングした町はありませんでした。
英国の首都は正当な理由で「Swinging London」というニックネームを獲得し、すべての文化、政治、芸術、ファッショナブルの発信地になりました。
音楽的な観点から見ると、ビートルズと名乗るリバプール出身の4人の異端者が、すべての中核を担っていました。
これまでに、またはそれ以来、ポップ現象がこれほどまでに国民の心を捕らえたことはありません。


それが「Love Me Do」、「A Hard Day's Night」、Nehruジャケット、ビートルブーツ、ビートルヘアカット、超越瞑想、Pepper's Lonely-Hearts Club Bandです。
彼らが歌った全ての歌、彼らが発した全ての言葉、および彼らが行った全ての動きはトレンドと見なされた。
音楽では、彼らは「イギリスの侵略」と呼ばれる重要な動きを先導しました。


時代が経過するに従い、彼らは人気を維持していたがバンドは落ち着きがなくなり、個々の興味を追求するように努めました。
そして、Apple Corpsを設立


自由形式の哲学free-form philosophyについては長い間包括的実験が行われましたが、運転資本は不足していたため、悲惨な失敗に終わりました。

ジョン、ポール、ジョージ、リンゴの方向性の違いが公にされたため、ケン・マンスフィールドKen Mansfieldという27歳の若いアメリカ人幹部が、AppleのUSオペレーション・マネージャーとしてロサンゼルスから(親会社であるキャピトルレコードによって)英国に連れて来られました。

残念ながら、バンドの傷は修復するには深すぎたため、1969年1月30日にアップル・ビルディングの屋上で最後の公演が行われた後、レコーディングと「Let It Be」と呼ばれる長編映画の両方を含むプロジェクトで「 So long 」と言うことが決定されました

以下は、1970年5月8日から13日までのマン・スフィールドのプロジェクトの思い出です。

Let It Beプロジェクトのきっかけは、ポール・マッカートニーでした。
その時、私がそれに関わっていたとしても、ポールが扇動したり伝えたりしたものであるように思えました。
ある意味では、これまでジョン・レノンが貢献した理由から、ジョン・レノンをリーダーと見なす人もいましたが、ポールは実践的な男でした。
毎日オフィスに来て、袖をまくって仕事の準備ができている人のように。
でも本当は混乱した時間でした。
ジョージ・ハリソンは、 ホワイトアルバムから始まっていて、バンドが処理しきれないほど進んでいると私に言っていました。


ホワイトアルバムをリミックスした直後に、彼らは3部作の一部であるLet It Beを開始したことを覚えています。(first the White Album, Let It Be , then followed by Abbey Road )

アルバムLet It Beが正式にリリースされるまで、さまざまなバージョンがありました。
エンジニアのグレン・ジョンズGlen Johnsの最初のMIXが上手く行かなかった後、彼は別のバージョンを作ったのですが、その後、いくつかのブートレッグが出てきました。その後、フィル・スペクターPhil Spector'の(私の見た感じでは)過剰生産されたバージョンが続きました。
多くのことが起こっていて、それはただクレイジーでした it was just crazy.


「私の考えでは、小野陽子Yoko Onoがビートルズを解散させたわけではなかった。
彼女は複雑なことをしているかもしれませんが、彼らはすべて異なる方向に進んでいました。
それは時間でありIt was time、そしてバンドが避けられる事ではなく、自然な進化でした。
彼らが撮影を始めたとき、彼らはトゥイッケナム・スタジオTwickenham Studiosにいて、彼らがアビー・ロードAbbey Roadで録音している間、撮影カメラのフィルムがずっと動いていました。そして、映画は数日後に公開されました。 」


「映画「 レット・イット・ビー」の再リリースの登場で、プロデューサー兼ディレクターのピーター・ジャクソン Peter Jacksonは、バンドの全範囲を捉えるのに最適な人物だと感じています。
Michael-Lindsay Hoggのオリジナルは独創的でしたが、非常に暗いものでもありました。
ジャクソンのアプローチはおそらくより軽く、新しいテクノロジーが与えられれば、一般の人はthe Fab Fourの新鮮な見方を得て、まったく新しい光の中で、彼らを見ることになると思います。 」


「私がアップルにいたとき、私は悪い時間、想定される戦い、口論などを見たことはありませんでした。
30年後、私はリンゴと夕食を共にしている時に、彼に言っていました。
「君たちが、私を感激させようとしていたようだと、いつも感じていたんだ」と」


それに対して彼は答えました。
Ken, in '68 we didn't have anything to do…we would just sit around and think of ways to impress you!
「そうなんだ、ケン、68年の時は何もする必要がなかったよ。
ただ僕たちは座って、君を感激させる方法を考えていたんだよ!」


—Bob Girouard —ボブ・ジルアード

ケン・マンスフィールドは、Apple Recordsの元米国マネージャーであり、いくつかのレコード・レーベルのランキング・エグゼクティブです。

ケン・マンスフィールドKen Mansfield

The Roof(ビートルズのファイナルコンサート) 、ソングライター、グラミー・アンド・ダヴ・アワードa Grammy- and Dove Awardを受賞したアルバムプロデューサーなど、7冊の本の著者です 。

The Roof(ビートルズのファイナルコンサート)



なんて心温まるインタビューなんでしょうか…
彼らFab Fourの事を思いやるケン・マンスフィールドさんの気持ちが溢れています。
ケン・マンスフィールドさんは、屋上ライヴの時には、白い服を着ていました。画像から、彼が分かります。


この頃の想いは、ビートルズのメンバー、関係者の方々に共通した想いだと感じます。
その想いがピーター・ジャクソン監督により映像として再現されます。
そのような温かい気持ちで、この作品「The Beatles : Get Back」を観たいですね。
Thank you

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