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ゆめ参加NAブログ with Paul McCartney & NA Dreamers

ポール・マッカートニーから各地の観光まで個性的で気楽な内容、そして、ゆかいな仲間達(NA ドリーマーズ)が集う「ゆめ参加NAブログ」です。 コメント投稿をご希望の方は、ブログ画面の日付の下にある「吹き出し」マークの右側の数字をclickして下さい。自由参加のブログです。
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Beatles UK Singles new boxed setが、2019年11月15日に発売!?

Beatles UK Singles new boxed setが、2019年11月15日に発売!?

2019年は、ビートルズ、ポール・マッカートニー関連は何種類発売するのでしょうか…
2019年になってから、ポール・マッカートニーの「Egypt Station Explorer's Edition」、「Egypt Station (Traveller's Edition)」とエジステ・シリーズ、そして、「アメーバ・ギグ」「ウイングス・オーヴァー・アメリカ」「バック・イン・ザ・U.S.S.R.」「ポール・イズ・ライヴ~ニュー・ワールド・ツアー・ライヴ!! 」と、まさかのライブ・アルバム・リイシュー発売。
そして、予定通りの発売予定となっているビートルズ・Abbey Road 50th・全6種(Targetを合わせると7種)、そして、噂されるポール・マッカートニー・アーカイヴ「London Town」「Back To The Egg」、などで、もうこれで腹一杯!ですが、更にはこちらのBox Setが発売されるとの話があります。


Beatles UK Singles new boxed set 2019

Beatles UK Singles new boxed setが、2019年11月15日に発売!?

英国で発売されたビートルズのシングル22枚にプラス、ボーナスとして「Free As A Bird」「Real Love」を収録したシングルVinyl・セットです。これらは限定セットとして2019年11月15日に発売と言われています。
この事が発覚したのは、誤ってAmazon・イタリアに掲載された為です。その後、フランスにも掲載され、221,39 €(248 USD)との価格設定がされていたようです。


しかも、これらが単なる再リリースではないと言われており、最新のミックスが施されているのではと期待されています。

New boxed set with the singles ~  The Daily Beatles

Format : Album vinyle
Numero di dischi: 23
Formato: Importazione
Etichetta: Capitol
ASIN: B07VQ9YLHS


Tracklist
Disco: 1 Love Me Do
Disco: 2 P.S. I Love You
Disco: 3 Please Please Me
Disco: 4 Ask Me Why
Disco: 5 From Me To You
Disco: 6 Thank You Girl
Disco: 7 She Loves You
Disco: 8 I'll Get You
Disco: 9 I Want To Hold Your Hand
Disco: 10 This Boy
Disco: 11 Can't Buy Me Love
Disco: 12 You Can't Do That
Disco: 13 A Hard Day's Night
Disco: 14 Things We Said Today
Disco: 15 I Feel Fine
Disco: 16 She's A Woman
Disco: 17 Ticket To Ride
Disco: 18 Yes It Is
Disco: 19 Help!
Disco: 20 I'm Down
Disco: 21 We Can Work It Out
Disco: 22 Day Tripper
Disco: 23 Paperback Writer
Disco: 24 Rain
Disco: 25 Yellow Submarine
Disco: 26 Eleanor Rigby
Disco: 27 Strawberry Fields Forever
Disco: 28 Penny Lane
Disco: 29 All You Need Is Love
Disco: 30 Baby, You're A Rich Man
Disco: 31 Hello, Goodbye
Disco: 32 I Am The Walrus
Disco: 33 Lady Madonna
Disco: 34 The Inner Light
Disco: 35 Hey Jude
Disco: 36 Revolution
Disco: 37 Get Back
Disco: 38 Don't Let Me Down
Disco: 39 The Ballad Of John And Yoko
Disco: 40 Old Brown Shoe
Disco: 41 Something
Disco: 42 Come Together
Disco: 43 Let It Be
Disco: 44 You Know My Name (Look Up The Number)
Disco: 45 Free As A Bird
Disco: 46 Real Love - Marc Mann(Mixed)

物欲の血が騒ぐか?それもとため息か?このセット販売の真偽も気になる所です。

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ザ・ビートルズ・クラブ主催「FAB4のはじめて展」レコーディング機材!JAL法被!契約書!etc

ザ・ビートルズ・クラブ主催「FAB4のはじめて展」レコーディング機材!JAL法被!契約書!etc

ザ・ビートルズ・クラブ主催「FAB4のはじめて展」レコーディング機材!JAL法被!契約書!etc

ビートルズ・ファンクラブであるTHE BEATLES CLUBがまたしても興味深い展示をします。それは…「FAB4のはじめて展」です。

ビートルズが経験した「はじめて」に立ち合った貴重な展示品を集めた展覧会との事です。
展示品の一部がHPに掲載されていますので、ご紹介と共に勝手ながら転記させて頂きます。


FAB4のはじめて展:主催:ザ・ビートルズ・クラブ


ビートルズが初めてレコードを制作したレコーディング機材

ビートルズが初めてレコードを制作したレコーディング機材

1958年、ビートルズはクオリーメン時代にリバプールにあるパーシー・フィリップス・スタジオで、「はじめて」のレコードを作りました。A面には「That'll Be The Day」、B面には「In Spite Of All The Danger」の溝が刻まれました。そのときに使用された機材が展示されます。
ポール・マッカートニーのコンサートで、「In Spite Of All The Danger」を歌う前のMCでも、はじめてのレコーディングについて触れたことから、一躍、有名となりました。
この2曲の音源はアルバム『ビートルズ・アンソロジー1』にも収録されています。


そのレコードがこちらですね。

A面には「That'll Be The Day」



B面には「In Spite Of All The Danger」



A面には「That'll Be The Day」、B面には「In Spite Of All The Danger」

初めてレコードを制作した頃のビートルズ

エッ!?そのレコードを見たい…って…それは所有者のサー・ポール・マッカートニーに頼んで下さい。

ビートルズ初来日でジョンが着ていたJALのはっぴ

ビートルズ初来日でジョンが着ていたJALのはっぴ

1966年6月29日午前3時40分、ビートルズが「はじめて」日本に到着したあのとき。4人ははっぴ姿で飛行機のタラップを降りてきました。そのときにジョン・レノンが着ていたはっぴを展示します。

その時の写真がこちらですね。

ビートルズ初来日でジョンが着ていたJALはっぴ


ビートルズの初めてのマネージメント契約書の草稿

ビートルズの初めてのマネージメント契約書の草稿

1962年、ビートルズとブライアン・エプスタインは、「はじめて」のマネージメント契約を交わしました。エプスタインは、マネージャーとしてビートルズを成功へと導きました。そのときに、エプスタインがビートルズのメンバーに提示した草稿が展示されます。
締結された最終稿では、ビートルズ側の要望を取り入れて改訂されています。ビートルズの初代マネージャーだったアラン・ウィリアムズとは契約書を交わした形跡はありません。


最終稿についてはオークションに出されて話題になりましたね。


ビートルズの初のフォトセッションで使用された大判カメラ

ビートルズの初のフォトセッションで使用された大判カメラ

1961年12月、ビートルズの「はじめて」のフォト・セッションが行われました。カメラマンはアルバート・マリオン。そのときに使用された大判カメラを展示します。
このカメラで撮影された4人はハンブルクに代表されるビートルズのワイルドな時代を象徴する革ジャンを着用しています。
こちらですね。


ビートルズの初のフォトセッションで使用された大判カメラ1

ビートルズの初のフォトセッションで使用された大判カメラ2


この頃のビートルズって興味深い時期です。マーク・ルイソン著・「ザ・ビートルズ史」をじっくり読みたいです。でも読むだけって…何か物足りないですよね。その欲求を満たすのが、この展示ではないかと感じます。
展示については…


会期:2019年8月10日(土)から25日(日)まで
8月19日(月)は休館日です。ご注意ください。


時間:午前11時30分から午後6時まで(最終入場は午後5時30分まで)
会場:ファブ4ギャラリー『レット・イット・ビー』(東京都渋谷区)
入場料:前売り券:一般1,000円/ビートルズ・クラブ会員800円


夏休み&盆休み期間ですので、ぜひこの機会に行きまShow!

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想い出はプライスレス!ビートルズがブライアン・エプスタイン氏と最初に交わした契約書が27万5千ポンド(約3700万円)で落札

想い出はプライスレス!ビートルズがブライアン・エプスタイン氏と最初に交わした契約書が27万5千ポンド(約3700万円)で落札

気になっていたのです。この落札結果…

歴史を変えた!ビートルズがデビュー前の1962年にブライアン・エプスタインと交わした最初の契約書がオークションへ

そして、本日落札されました!それは…
競売大手サザビーズは9日、ビートルズのメンバーらが1962年のデビュー前に、後のマネジャーと交わした初の契約書が競売に掛けられ、27万5千ポンド(約3700万円)で落札されたと発表した。


ビートルズがブライアン・エプスタイン氏と最初に交わした契約書が27万5千ポンド(約3700万円)で落札1

同社は「ビートルズが世界中を熱狂させるバンドへと変貌を遂げるきっかけになった文書」であり、歴史的な価値があると強調した。落札者は明らかにされていない。

ビートルズがブライアン・エプスタイン氏と最初に交わした契約書が27万5千ポンド(約3700万円)で落札 2

落札価格は20万~30万ポンド(約2,700万~4,100万円)を見込んでいた。

ビートルズがブライアン・エプスタイン氏と最初に交わした契約書が27万5千ポンド(約3700万円)で落札 3

 契約書は、62年10月5日に「ラブ・ミー・ドゥ」でレコードデビューする前の同年1月24日付。マネジャーとなる故ブライアン・エプスタインがバンドのスケジュール管理から宣伝、衣装、メーキャップなどに至るまで広範な内容を担当することが定められている。

サザビーズによると、ドラム担当がリンゴ・スターさんに代わり、ビートルズとエプスタインが62年10月1日に改めて交わした2通目の契約書は既に2015年に競売に掛けられ、36万5000ポンドで落札された。

ビートルズとエプスタインが62年10月1日に改めて交わした2通目の契約書は既に2015年に競売に掛けられ、36万5000ポンドで落札


落札予想価格については、£30万と書かれているニュースが多いのですが、サザビースでは£20~30万と予想されていたようですので、落札価格が£27万5,000と言うのは妥当な落札だったかな。
さすがにリンゴ・スターが加入した2通目の£36万5,000程には至らなかったのですが、それでも紙切れで…約3,700万円ですから驚きですね。この契約書が残されていた事がもっと驚きですが。


このようなお宝…欲しいですか?お宝過ぎて怖い…博物館で保管して貰えるのなら良いのですが、個人所有は保管が大変です。まあ、私の所有品ではサザビースに扱われるようなお宝はありませんので何も心配する事はありませんが、お宝って…何だろう…ビンテージ?金額?見栄え?ゴージャスさ?いえいえ、その方の「想い」でしょうね…そうです!恥ずかしがらずに、神戸リバプール友好推進オフィス・Beatles Fan Meetingでお披露目して下さい。いや…大自慢して下さい(笑)

私、自慢出来るもの…ん…何だろう…やっぱり、「横綱PAUL」の4コマ・ピクチャーボードかな…ポールと共演しましたから…!?(笑)

想い出はプライスレス!

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July 6, 1957、The Day John Lennon Met Paul McCartney ~ ジョンとポールが出会った日・7月6日

July 6, 1957、The Day John Lennon Met Paul McCartney ~ ジョンとポールが出会った日・7月6日

以前、ポール・マッカートニーの記念日を制定して欲しい事を当ブログに掲載しました。

6月29日はビートルズ記念日!次は「ポール・マッカートニー記念日」を制定しよう!

新国立競技場ライヴが実現したら、ぜひファンの方の呼び掛けと、BCC、並びにユニバーサル・ミュージックの推薦で実現したいですね。
そして、今日もビートルズ・ファンにとって大切な日です。
1957年7月6日、ジョンとポールが初めて出会った日です。



ジョン・レノンがポール・マッカートニーと出会ったのは、1957年の7月6日。
ジョン・レノン16歳、ポール・マッカートニー15歳の時です。


7月6日、ジョン・レノンはザ・クオリーメン(Quarrymen)というバンドを率い、リヴァプールのウールトン(Woolton, Liverpool)にあるセント・ピーターズ教会(St Peter's Church)のガーデン・パーティー(garden fete)で演奏を披露した。

その日曜日の午後、ポール・マッカートニーは大親友のアイヴァン・ヴォーン(Ivan Vaughan)とともに、ジョン・レノン(John Lennon)が率いるスキッフル・バンド、ザ・クオリーメンの演奏を見に教会を訪れていた。

ザ・クオリーメンはエリック・グリフィス(Eric Griffiths・ギター)、コリン・ハントン(Colin Hanton・ドラム)、ロッド・デイヴィス(Rod Davis・バンジョー)、ジョン・レノン(ヴォーカル&ギター)、ピート・ショットン(Pete Shotton・ウォッシュボード)、レン・ギャリー(Len Garry・茶箱を転用した独創的な楽器ティーチェスト・ベース)からなるグループだった。グループ名は、彼ら全員が通っていたクオリー・バンク・ハイ・スクールから採られている。

パーティーは、リヴァプールのいわば高級住宅街区を通る短いパレードとともに昼過ぎに始まり、数台のロリー(アメリカで言うところのトラック)がバンド達を運んでいた。

July 6, 1957、The Day John Lennon Met Paul McCartney1

1台目のトラックにはザ・ローズ・クイーン、ザ・クオリーメンは2台目に乗せられていた。動いているトラックの荷台に乗った状態で立ったままでの演奏にジョン・レノンを始めバンドのメンバー達は四苦八苦したが、教会裏手の広場に移ってからは幾分か楽になった。

July 6, 1957、The Day John Lennon Met Paul McCartney2

July 6, 1957、The Day John Lennon Met Paul McCartney ~ ジョンとポールが出会った日・7月6日

July 6, 1957、The Day John Lennon Met Paul McCartney3

July 6, 1957、The Day John Lennon Met Paul McCartney4

July 6, 1957、The Day John Lennon Met Paul McCartney Color

夜になり、ザ・クオリーメンは教会の反対側に位置するホールで行われる‘グランド・ダンス’に、ジョージ・エドワーズ・バンドらとともに出演した。この時に数曲でティーチェスト・ベースを弾いたアイヴァン・ヴォーンが、ジョン・レノンにポール・マッカートニーを紹介したのだった。この日こそ、まさに歴史が大きく動いた日だった。

1957年7月6日、ジョンとポールが初めて出会った日~uDiscover


人の出会いが、世界を変える事になるなんて…わからないものです…62年前です…その出会いの事が今もこうして語り継がれるとは…

July 6, 1957、The Day John Lennon Met Paul McCartney5

July 6, 1957、The Day John Lennon Met Paul McCartney6

July 6, 1957、The Day John Lennon Met Paul McCartney7

大切な日なのです。7月6日は…
John&Paul Day


このような記念日に、ポール・マッカートニーはバンクーバーのBC Place Stadiumでライヴです。
こちらも楽しみですね。

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歴史を変えた!ビートルズがデビュー前の1962年にブライアン・エプスタインと交わした最初の契約書がオークションへ

歴史を変えた!ビートルズがデビュー前の1962年にブライアン・エプスタインと交わした最初の契約書がオークションへ

ビートルズの歴史を変える一枚の紙切れがあります。その紙切れは単なる紙切れではなく、推定£200,000~£300,000の価値がある紙切れです。その紙切れは、1962年1月24日に交わされた契約書です。この契約書によって20世紀に起こる世界的に重要な音楽現象を引き起こす1つの始まりになる契約書です。その現象は音楽業界だけでなく、世界各国のポップカルチャーや生活習慣に影響を与えるほどになりました。それ程、重要な契約書と言えます。
その契約書はビートルズ(The Beatles)のメンバーがデビュー前の1962年1月24日に、後にマネジャーとなるブライアン・エプスタインと交わした最初の契約書です。その契約書がSotheby's(サザビーズ)でオークションに出品されます。


歴史を変えた!ビートルズがデビュー前の1962年にブライアン・エプスタインと交わした最初の契約書がオークションへ

ビートルズがデビュー前の1962年にブライアン・エプスタインと交わした最初の契約書がオークション~amass

A Document That Changed History, The Beatles' Original Management Contract

歴史を遡ると…エプスタインが1961年11月9日にLiverpoolのMerthew StreetのCavern Clubでその地元のバンド(ビートルズ)を初めて聞き、その魅力に心打たれたとされている。(諸説あり)
その後…11月29日、ビートルズはエプスタインのレコード・ショップ「NEMS」でミーティングをしています。


1961年12月10日に、エプスタインはビートルズのマネージャーになりたいと彼らに申し出ている。でもその時点で正式な契約は交わしていません。
12月17日、ビートルズにとって、撮影セッションとしての仕事(ギャラが貰える撮影は初めて)を行っています。


12月17日、ビートルズにとって初めてのギャラが貰える仕事としての撮影セッション


1962年元日にデッカでのオーディションを受けていますが、結果は皆さんがご存知の通りです。
1962年1月24日にピート・ベストの家でエプスタインとの5年契約にサインしたと言われていますが、その場所はピートの家ではなく、NEMSであり、キャバーンクラブから数百ヤードしか離れていないにも関わらず、パブに寄ってからNEMSに立ち寄っているとサザビーズは解説しています。


この契約書には…
契約書によると、ブライアン・エプスタインはバンドに仕事を見つけ、彼らのスケジュールや宣伝を管理すること、そして「衣服やメイク、アーティストとして振る舞いや演奏する音楽についてのプレゼンテーションと創造」を監督することが挙げられています。


契約ではブライアン・エプスタインの手数料は10%で、収入が1週間に120ポンドを超えた場合は15%に上昇すると説明しています。その後、ピート・ベストからリンゴ・スターにメンバ交代になった時に新たな契約を結んでいますが、その際には最大200ポンド位上の場合、最大25%まで増やす内容にしています。

サインは、John Winston Lennon、George Harrison、James Paul McCartney、Randolph Peter Best(契約書にはPeter Peter Bestとプリントされている)がサインしています。
エプスタインのサインが無いことについては、エプスタイン自身がビートルズを束縛しない考えであったことなど諸説ありますが、彼らが未成年であった事も影響していると言われており、契約書としての公正な書類が必要であったと感じている事はエプスタインはビジネスマンであったと思います。


この契約書はブライアン・エプスタインの広報担当だったアーネスト・ヘクトAlistair Taylor (“J.A. Taylor”)によって出品されています。
7枚の書面で、281×227mmです。


£300,000以上になると思われますので、その間で入札してみませんか?
エッ!?もし落札したら…借金してでも購入をお願い致します(笑)。

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