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Rolling Stone誌が見た「東京オリンピック」の特別な瞬間 #TokyoOlympics #RollingStone #Covid #オリンピック #新型コロナウイルス

Defining Moments of the Tokyo Olympics
東京オリンピックの特徴的な瞬間

パンデミックの中での競争と優しさ(そしてちょっとした日常的なユーモア)が、最近の記憶の中で最も忘れられないゲームを生み出した

Defining Moments of the Tokyo Olympics

政治や病気が話題の中心となっている今、2020年東京オリンピックは、アスリートとファンが(仮想的に)一緒になってスポーツを祝福する場を作ることができました。パンデミックは多くの不安をもたらしましたが、現在のところ、Covid-19は誰もが現実的に望むことができないほどうまく収束したようです。

その代わりに、日本から発信される主なストーリーは、時には馬鹿げているとはいえ、優しさや驚きのある勝利が多いものでした(男子トライアスロンのスタート地点にボートが突っ込んできたことを覚えていますか)。

トライアスロンのスタート地点にボートが突っ込んできた

(説明:最初の競技スイムのスタートの際、運営サイドのボートがコース上に侵入。約半数の選手がスタートできず、先に飛び込んだ選手も数百メートル泳いだところで岸に戻され、やり直しとなった。)

ボートのコース内侵入でスタートやり直しに…

スタートは不安定だったものの、最終的には金メダル39個、合計113個のメダルを獲得した米国が勝利しました。

ここでは、これまでのオリンピックがどのように変化してきたのか、そして8月24日から始まるパラリンピック、さらには2022年の北京冬季大会、2024年のパリ夏季大会に向けて、何が注目されるのかをご紹介します。

今回の夏季オリンピックでは、以下のようなトレンドが見られました。

"Can We Have Two Golds?"

俺もお前も金メダル! 男子走り高跳び決勝で珍事

走り高跳びで、カタールのムタ・エッサ・バルシム選手とイタリアのジャンマルコ・タンベリ選手がともに1位を獲得しました。事の発端は、最終ラウンドで同点となり、ジャンプ・オフをしても同点のままだったこと。最終ラウンドで同点となり、ジャンプ・オフを経ても同点のままだった2人は、そのまま競い合うのではなく、表彰台の頂点を共にすることを選びました。

ムタ・エッサ・バルシム選手とイタリアのジャンマルコ・タンベリ選手

今回の大会では、同点で金メダルを獲得した選手はいませんでしたが、17日間の大会では、何十、何百ものスポーツマンシップが発揮されました。最も印象的だったのは、サッカー女子の準決勝でカナダが米国を破った数日後に、トランスジェンダーであることを公表して金メダルを獲得した初の選手であるカナダの Quinn クイン選手を、USWNTのフォワードである Megan Anna Rapino ミーガン・ラピノーが祝福しに行ったことでしょう。

Megan Anna Rapinoe Quinn

(補足:MVPと得点王に輝いたアメリカ代表のミーガン・ラピノーは、女子サッカー界でもっとも注目を浴びている選手。そんな彼女と結婚したのは女子バスケットボールアメリカ代表のスー・バードです。)
決勝戦で勝利したバード選手(左)を祝うラピノー選手(右)

(補足:8月8日に開催された東京オリンピック・女子バスケットボール決勝戦で、アメリカ代表は90-75で日本代表に勝利。バード選手は、自身5大会連続となる金メダルを手にした。そのバード選手を、婚約者のラピノー選手が試合後に抱きしめ、キスで祝福した。)

決勝戦で勝利したバード選手(左)を祝うラピノー選手(右)1
(補足:分かりましたか?)


平常心でSNSで輝くアスリートたち
トム・デイリーと彼の編み物ほど、ソーシャルメディアで喜びを巻き起こしたものはありません。飛び込み競技のスーパースター(10mシンクロで金メダル、個人競技で銅メダルを獲得)は、事前に編み物を始めていましたが、試合中に作った作品が人気を博し、『VOGUE』誌に掲載されることになりました。

(補足:「madewithlovebytomdaley」(特に彼の手作り製品のページ)で喜んで発表したので、これは最終的に終了しました。)
(補足:完成したのですね!)

編み物 Tom Daley

(補足:「東京に着いたとき、オリンピックを思い出させ、将来のために思い出せるようなものをデザインしたかった」とデイリーは投稿にコメントした。彼はまた、デザインについて次のように説明しました。「これらのゲームを定義するすべてを表す配色を作成しました。背中にはクラシックな@teamgbロゴを選び、肩には旗とGBRが見えます。フロントはシンプルにしたかったので、TOKYOを日本語で刺繡するように頑張りました!」~GQの記事より)

Tom Daley GQ


他にも、タイラー・ダウンズはTiKTokでシモーヌ・バイルスを直撃し、レスリー・ジョーンズはTwitterでオリンピックへの愛を継続し、アーティスティック・スイミングのようなあまり評価されていないスポーツを後押ししました。

Leslie Jones tiktok

メンタルヘルスが競技に不可欠な要素となる
7月27日、目を覚ますと、スター選手である4度の金メダリスト、シモーネ・バイルズ選手が無期限の競技辞退をしたことを知り、アメリカは衝撃を受けました。

Simone Arianne Biles Tokyo Olympic1

Simone Arianne Biles Tokyo Olympic2

Simone Arianne Biles Tokyo Olympic3

(補足:(CNN) 東京オリンピック(五輪)の体操女子に出場した米国のシモーネ・バイルズは4日、ツイッターを通じて、非公開の練習のためにジムの利用を許可してくれた順天堂大学に感謝の言葉を伝えた。
バイルズは、このことを最初に報じた米紙ウォールストリート・ジャーナル(WSJ)の投稿をリツイートして順天堂大学に謝意を伝えた。WSJによれば、バイルズとチームは、空中での位置取りを失ってしまうメンタルブロックの克服のために個別にジムを利用することができないか尋ねたという。
順天堂大学の青木和浩教授が電話を受けたのは、バイルズが団体決勝を棄権してから約12時間後のことで、学校のジムを「体操選手」のために使わせてもらえないかとのことだった。
バイルズは、4日間にわたって非公開で数時間練習を行った。
バイルズは先週、インスタグラムに複数の動画を投稿し、フォームを見つけるのに苦労しているなどと明らかにしていた。
バイルズは4日、自分の技術を取り戻そうとするための個別の練習を許可したくれたことについて順天堂大学に「永遠に感謝」すると述べた。
バイルズは団体決勝を棄権した後、個人総合と種目別の跳馬、段違い平行棒、床運動も欠場したが、3日に平均台決勝に出場して銅メダルを獲得した。)


大坂なおみ選手やマイケル・フェルプス選手の協力を得て、この体操選手はメンタルヘルスに関する話題を提供し、今後のアスリートの安全性の要となることを示しました。団体戦で銀メダル、個人戦のバランスビームで銅メダルを獲得したG.O.A.T.は、3位入賞が最も意味のあるものだったと語っています。「結果は気にしていませんでした」とNBCに語っています。「結果はどうでもいいと思っていました。ただ、演技ができたことと、もう一回試合に出られたことがうれしかったです」とNBCに語りました。

負けても勝利のチャンスはある
キャット・オスターマンの試合後のインタビューは、涙を押し殺して敗北を受け入れるためのマスタークラスでした。銀メダルを獲得するのは簡単なことではありませんが、ソフトボールのキャプテンはこの瞬間を逃すことはありませんでした。彼女は、世界中の若いアスリートに向けて、「すべての少女たちに、夢を持ち続けてほしい」と語りました。

Cat Osterman Olympic ソフトボール

プールでは、ケイティ・レデッキー選手とリリー・キング選手が、優勝候補の種目で敗れたにもかかわらず、優雅さと気品を見せました。
そして、今大会の銅メダル獲得者の中で最も興奮していたのが、モリー・サイデル Molly Seidel でした。優勝した直後、彼女は家族に「とても疲れた。 “Please drink a beer for me.” "私のためにビールを飲んでください"

210806-tokyo-olympics-molly-seidel-finish

Molly-Seidel-Honored-at-Closing-Ceremony


オリンピックの炎が消えました。

Defining Moments of the Tokyo Olympics



英雄は金メダルだけではないのです。メダリスト、そして、オリンピックに出場された選手の皆さん
おめでとうございます!

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【東京五輪】 緊急事態宣言下の劇的な大会 記憶に残るのは ~ ダン・ローアンBBCスポーツ編集長 #Olympic #Tokyo #Covid #新型コロナウイルス #金メダル

【東京五輪】 緊急事態宣言下の劇的な大会 記憶に残るのは ~ ダン・ローアンBBCスポーツ編集長

東京の夕暮れの空は素晴らしい。こちらの体力を奪う日中の気温と湿度が次第に和らぎ始める、その宵闇の時間こそ、今年の夏にこの街を訪れた大勢の記憶にとどまる光景の一つ、大勢が名残を惜しむ景色の一つだろう(文中敬称略)。

【東京五輪】 緊急事態宣言下の劇的な大会 記憶に残るのは


ほかに類を見ない今回の大会にも、宵闇が訪れている。オリンピック関係者は荷物をまとめて、この街を離れようとしている。とすればなおのこと、現代において最も開会の是非が問われた大会の一つだった東京五輪が、今後どのように記憶されていくのかが、今後あらためて問われるようになる。

もちろん、どのオリンピックもほかとは違う。しかし「東京2020」は本当に、前例のない大会だった。この17日間で確かに、劇的なスポーツのドラマが相次ぎ展開された。しかしそれでもこの大会は今後もずっと、「コロナ五輪」、「COVID五輪」として記憶される。今のパンデミック下の初のオリンピックで、緊急事態宣言下で開かれる初のオリンピックで、そして無観客で行われた初のオリンピックだった。

オリンピック 無観客

これだけの難問を前に、この大会がそもそも閉会までこぎつけ、そればかりか実に多くの特別な瞬間を提供したことは、ある意味で小さい奇跡だったと捉える人もいるだろう。あるいは、スポーツの不屈の精神、そして開催国のたくましさを強力に示すシンボルとなったと評価する人もいるだろう。賭けは成功したのだと。

しかし同時に、主催者側の判断や思惑にこれほど厳しい目が集まったのも、過去にあまり例がない。とりわけ国際オリンピック委員会(IOC)については、複数の大きな疑問が浮上した。あくまでも今大会を実施するのだと突き進んだIOCの判断が、果たして賢明なものだったのか、十分に検討され評価されるまで、まだしばらく時間がかかるだろう。

OpeningCeremony_TokyoOlympic

私は開会式の報道を担当した。五輪の開会式といえば伝統的に、世界中が同じ経験を共有する一大イベントのひとつだ。しかし東京大会の開会式が行われた新国立競技場は、壮観ではあるものの、がらんとしていた。選手団の入場は人数が制限され、スポンサーの姿も少なく、競技場の外では五輪に反対する人が大きな音をたてて抗議デモをしていた。そして約1兆8000億円もかけた巨大なパーティーから、地元の人たちは締め出されていた。これほど悲しい、そして非現実的な経験は、私はほかにほとんど覚えがなかった。

そして、あの夜の光景ほど、パンデミックの時代を強力に象徴するものは、そうそうないはずだ。



しかし、開会式は要するに、テレビ用に作られたイベントだった。それだけに、現場にいた私たちの感じ方と、遠くから見ていた人たちの感じ方はめったにないほど遠く隔たっていた。2012年のロンドン大会、そして2016年のリオ大会のあの活気と喜びにあふれた雰囲気や、最近では今年夏に観客を入れて行われたサッカーの欧州選手権(ユーロ2020)の雰囲気を経験しているだけに、無観客オリンピックの取材は、とても奇妙な経験だった。

ファンのいない会場を訪れるたびに、否応なく、本当ならどうなるはずだったのか考えざるを得なかった。さらには、このオリンピックに費やされた巨額の資金に、ほかにどういう使い道があったのかも、考えざるを得なかった。

TokyoOlympic 国立競技場

数限りないルール、規制、そして連日の検査。加えて、いつ自分のスマホ・アプリが鳴りはしないかという絶え間ない不安(いざアプリが鳴れば2週間、隔離しなくてはならない)。そうしたもろもろが、この大会では選手にとって、関係者にとって、そして報道陣にとって、きわめて不安でストレスの多いものだった。

しかし、リオ大会も数々の難問に直面しつつも、結果的には印象深い優れた大会となった。同じように今回の東京2020も、選手たちのおかげで救われたという印象だ。イギリスでは、日本との時差はかなり厄介だったし、がらがらの会場への懸念や、開会前の相次ぐトラブルで、視聴者の関心はどうなることやらと思われたが、実際には大勢が熱心に試合を観ていたし、今回のオリンピックは実にオリンピックらしい見事なものだったと記憶するだろう。

イギリスの人たちは毎朝のように、チームGB(イギリス代表チーム)がまたメダルをとったという素晴らしい知らせに目を覚ました。新世代のスターが続々と誕生したほか、数々の感動的なプレー、革新的な新しい競技、ジェンダー混合種目などが、見る人たちの想像力をかきたて、夢中にさせた。

Olympic England 2020

今年6月から7月にかけてのユーロ2020と同じで、COVID-19に疲れ果て、何か気を紛らして感動させてくれるものを渇望していたイギリスの人たちは、今回のオリンピックをかつてないほど必要としていたし、ありがたいと思っているようだ。

3大会での連覇に挑んだローラ・ケニー(自転車トラック)
ローラ・ケニー(自転車トラック)オリンピック
イギリスのローラ・ケニー(29)が3連覇を狙ったが、6位に終わった。
「スクラッチレース」はクラッシュで落車し、13位と出遅れた。得意種目の「エリミネーションレース」も13位だったのが響いた。「テンポレース」と「ポイントレース」はどちらも1位だったが、メダルには届かなかった。

単独大会で4つのメダル獲得というイギリス史上最多の記録を作ったダンカン・スコット(競泳)の偉業に、心を打たれない人はいるだろうか? 
Tokyo Olympic Duncan Scott Gold
競泳男子800メートルフリーリレー決勝を行い、英国チームが113年ぶりに同種目を制した。世界記録まであと0.03秒、オリンピック記録まで0.02秒だった。

ダンカン・スコット オリンピック 
スコットと言えば、やはり思い起こされるのは2019年7月23日、夏の世界水泳での出来事です。
自由形200メートルで3位に入った長身スイマー。しかしながら、優勝した中国のスーパースター、孫楊とともに同じ表彰台に上がることを良しとせず、記念撮影も握手も拒否した。ドーピング検査を妨害した疑惑の渦中にあった孫楊に対して、抗議の意味を込めた行動だったが、これに金メダリストは憤慨。激しくスコットに詰め寄ると、「いいか、お前は負け犬だ! 俺が勝者だ! ふざけやがって」と罵声を浴びせたのである。
銅メダルのダンカン・スコットがメダリストでの写真撮影拒否

孫楊に「負け犬め!」と罵られたスコット
スポーツ仲裁裁判所(CAS)は2021年6月22日、中国競泳男子のスター選手、孫楊(Yang Sun、ソン・ヨウ)に対してドーピング違反による4年3か月の資格停止処分を言い渡した。これにより、孫の東京五輪出場は不可能となった。


あるいは、3大会連覇のハナ・ミルズ(セーリング)もそうです。
チームグレートブリテンのハンナ・ミルズ(左)とエイリー・マキンタイア
チームグレートブリテンのハンナミルズ(左)とエイリーマキンタイア

Hannah Mills ハンナ・ミルズは、Eilidh McIntyre エイリド・マッキンタイアと共に470クラスで2度目のオリンピック金メダルを獲得し、セーリング界の女王に輝きました。
Cardiff カーディフのスター選手は、サスキア・クラーク選手とともにリオで獲得したタイトルを守り、2012年ロンドン大会の銀メダルと合わせて、オリンピック史上最も多くの勲章を受けた女性セーラーとなりました。

チームグレートブリテン ハンナミルズ(左)とエイリーマキンタイア

海との関わりが深いセーリング競技。ミルズ選手が強い危機感を持ったのは、リオ五輪に向けたトレーニングがきっかけでした。海に出るたびに大量のプラスチックに汚染された光景を目の当たりにし、衝撃を受けたといいます。IOCの支援を受け、駆り立てられる思いで立ち上げたのがBig Plastic Pledgeでした。現在、ミルズ選手はIOCの環境アンバサダーに任命されています。
ミルズ選手は「スポーツの力で地球の運命は変えられる」と考え、活動を通して使い捨てプラスチックを排除する重要性を訴えています。

Big Plastic Pledge

東京2020オリンピック競技大会で実施される「使い捨てプラスチックを再生利用した表彰台プロジェクト」も、問題解決に向けた取り組みのひとつです。日本国内の使用済プラスチックや海洋プラスチックを利用して表彰台を製作し、新しい活用モデルを国内外に提案。また、小型家電のリサイクル金属を原材料で、五輪メダル約5,000個を製造されています。


通算獲得メダル6個でイギリス女子選手最多となったシャーロット・デュジャルダン(馬術)の功績にも

チームGBの最も装飾された女性オリンピック選手であるシャーロット・デュジャルダンは、彼女の母親が彼女の記録的なメダルの1つを獲得するのを見るために手術を遅らせたことを明らかにしました。
東京オリンピックの2度の馬場馬術銅メダリストは、PA通信社に、キャサリン・グレインジャーを追い抜くのは「シュール(超現実的)な瞬間」だと語った。
デュジャルダン選手は、若い愛馬のジオで団体馬術と個人馬術の両方でメダルを獲得しました。
シャーロット・デュジャルダン(馬術)

シャーロット・デュジャルダンと東京2020オリンピックで優勝した馬のジオ(左)、元オリンピックの金メダルを獲得したバレグロ(右)
Charlotte Dujardin


加えて、まだそれほど知名度はない若手が次々と台頭した。
イギリス女子として初のウエイトリフティングの銀メダルを獲得したエミリー・キャンベル

Emily Campbell オリンピック

キャンベルはわずか数ヶ月の間に、無名の選手から2021年の欧州チャンピオン、そして今回のオリンピック銀メダリストになりました。
父親のトレバーさんは、娘を誇りに思い、パリでのさらなる活躍を期待しています。
「私は娘をとても誇りに思っています。この位置に来るまでにどれだけ努力してきたかを知っているので、それを成し遂げた娘を誇りに思います。
「娘は本当に一生懸命練習してきました。スポンサーもなく、母と父の銀行からの援助だけでしたが、オリンピックで銀メダルを獲得することができて、私はとても感激しています。

Emily Campbell  Olympic

キャンベルを支え続けているのは両親だけではなく、彼女の地域社会も同様です。
「私の地域社会の精神は本当に素晴らしいものです」とキャンベルは語りました。
「地元の市場に行くと、無料で野菜や果物をくれたり、靴屋さんが私の靴を整理してくれたり、私のためにお金を集めてくれたりするんです。「そして今、ノッティンガムのブルウェルで育ったこの子が、オリンピックメダリストになったんだ」。


ボクシング男子フライ級で金メダルを得たガラル・ヤファイ
Galal Yafai

兄のカリド・ヤファイはプロのスーパーフライ級の元世界王者。日本人の挑戦者も退けてきた名選手だ。今後のプロ転向について聞かれた金メダリストの弟は「今は未来について考えていない。五輪のチャンピオンになることができた。この時間を楽しみたい」と話した。
金メダルを得たガラル・ヤファイ


負傷を乗り越えトライアスロン男子個人で銀、新種目のトライアスロン混合リレーで金を獲得したアレックス・イー。
トライアスロン男子個人で銀、アレックス・イー

トライアスロン混合リレーで金を獲得したアレックス・イー


「360度バックフリップ」という大技を決め、自転車BMX女子フリースタイルの金メダルをとったシャーロット・ワージントン
シャーロット・ワージントン

「360度バックフリップ」は、女子フリースタイルでまだ誰も成功したことのない大技だった。この日までは。
最初の挑戦でデッキに衝突したわずか30分後、ワージントンは2度目の挑戦でこの技に成功。自転車と体は空中でジャイロスコープのように回転し、タイヤが地面に着地した。
ワージントンの360度バックフリップ(技を編み出したザック・ショウにちなんで「ザックフリップ」とも呼ばれる)は97.50の得点をたたき出し、男女を通じてこの種目の最高点を獲得した。
シャーロット・ワージントン BMX

「2018年、私はレストランで働いていました。」
「その時はベリーのラクコント・ラウンジでしたが、マンチェスターのビーグルでレストランの仕事を始めました。」
「2018年には、いくつかのイベントやコンテストに行って、人と話すようになり、BMXがオリンピックに出ることや、イギリスのサイクリングがチームを組んでいることを知りました。」
「キッチンで週40時間働き、ライディングに向けるエネルギーはほとんど残ってなかった」とBBCスポーツに語っていた。
ワージントンは4年前に調理師の仕事を辞め、この競技に専念してきた。
「当時の私は、自分がやっていて楽しかった本当にクールな機会をたくさん受けていて、そこから雪だるま式に広がっていったの」。
Worthington charlotte


女子BMXレーシングで優勝したベサニー・シュリーヴァー
自転車BMXレース決勝で、女子は22歳のシュリーバー(英国)がパホン(コロンビア)の3連覇を阻んで金メダルを獲得した。パホンは2位。
ベサニー・シュリーヴァー


皆が見事な活躍で、私たちを奮い立たせてくれた。

悲願の金メダルをついに獲得したトム・デイリー(高飛び込み)や、男子4×200メートルフリーリレーと混合4×100メートルメドレーリレーで金メダルを得たジェイムズ・ガイの喜びの涙。そして、短距離走で思うような成績が出せなかったディナ・アッシャー=スミスの無念の涙。こうした数々の表情に、イギリスでは多くの人が感動した。あるいは、イギリス代表の競泳陣やボクシング、セーリングのチームの総じて見事な成績に関心した。

トム・ディーンが競泳男子200メートル自由形で金メダルを獲得した時、英南部メイデンヘッドで見守る家族や友人たちが手放しで興奮と喜びと情熱をむきだしにした姿に、イギリスでは大勢が一緒になって喜んだ。何年も身を粉にして訓練し、信念をよりどころについに目標を実現した選手と、彼を支えた人たちからほとばしる誇らしい思いは、実に心温まる象徴的な光景だった。若いアスリートを支えるために自分の時間を犠牲にしたことのある親やコーチなら誰でも、あの歓喜の姿がいったい何を意味するのか、理解できたはずだ。

世界新記録に衝撃の番狂わせ、シンボリックなスポーツマンシップ。様々な場面が繰り広げられ、話題に事欠かない大会が作られていった。

実際のところ、東京2020に参加したすべてのアスリートにとって、出場したこと自体が勝利だ。大会の延期と相次ぐロックダウンにもかかわらず、いかに自分がたくましかったかの表れだ。

ワクチン接種が大きく遅れる日本の人たちの大半、そして地元の医師会など医療の専門家たちは、この大会の開催に反対していた。それでも実施するのだと譲らなかったIOCは、世界保健機関(WHO)が大丈夫だと言っていると主張した。さらに、自分たちはアスリートのために大会を開くのだと、言い続けた。

ほとんどの選手は(そして観戦を楽しんだ人たちは)、長年の訓練が無駄にならなかったことをありがたく思っているはずだ。特に、今大会が五輪選手として唯一の機会だった人にとっては。

日本のメダルラッシュも、大会に対する国民の怒りをいくらか和らげる助けになったようだ。6日の夜にも抗議する人たちは競技場前に集まっていたが、前よりは明らかに数が少なく、前ほど声高ではなかった。

しかし、五輪に批判的な多くの人は、数百万ドル規模の放送権契約こそ、再延期や中止を認めなかった本当の理由だと主張する。そしてそれゆえに、IOCを見る目は今後さらに厳しくなるだろうと考える人も多い。五輪の開催都市は2032年までの3大会についてはすでに決まっているが、招致しようという自治体は今後はますます見つけにくくなるかもしれない。

なぜ五輪は決行されるのか、BBC司会者が解説


緊急事態宣言下でも東京の大部分は、いつも通りの社会生活を続けていた。そのため、特に大きな屋外会場がなぜ無観客でなくてはならなかったのか、なかなか理解しにくい時もあった。

一方で大会関係者は、五輪に合わせて海外から数万人が来日したにも関わらず、関係者からは約400人余りしか検査陽性者が出ていないと主張することもできる。スポーツ界は、五輪のような複雑で大規模なイベントでも、厳しい感染対策を徹底さえすれば、ウイルスは抑え込めるという先例にしたいと期待するだろう。

同様に、きわめて不運な選手数人が感染のため出場できなくなった一方で、選手村で大規模な集団感染が発生し、競技が台無しになるという懸念は当たらなかった。

それでも五輪バブルの外では、7月に五輪関係者やスポーツ選手が東京にやって来るようになって以降、それまで1日1000人程度だった東京の1日当たりの新規陽性者は、5000人以上という記録的な人数に急増してしまった。

大会側は、五輪と感染拡大を結び付ける証拠はないと力説する。一方、五輪が始まって人の気が緩み、対策が徹底されなくなったと指摘する声もある。

日本政府は、中等症の感染者に対し、病床が逼迫(ひっぱく)する病院ではなく自宅で隔離し療養するよう要請を始めた。今後数週間の内にさらに感染者が増えた場合、このような状況で大会続行を決めたことがあだとなる可能性はある。

東京大会では、IOCへの監視の目が他の領域にも及んでいる。

酷暑の中での開催は、選手の安全にかかわる問題だと言われた。ベラルーシの女子陸上クリスティナ・ティマノフスカヤがコーチに帰国を強制されそうになった出来事は、ベラルーシでのスポーツ選手の立場を浮き彫りにしたとともに、IOCが選手を守るためにもっと積極的に対応すべきなのかも問われた。

ニュージーランドのローレル・ハバード(ウエイトリフティング)は、生まれた時とは違う性別で五輪に出場する、トランスジェンダーだと公表した最初のアスリートとなった。スポーツ界で特に議論されているトランスジェンダーの選手の扱いをめぐり、IOCの方針についても議論が激化している。

ほかにも、メンタルヘルス(心の健康)の問題を理由に体操女子団体決勝を途中棄権したアメリカのシモーン・バイルス、女性選手の体型をからかう「ボディー・シェイミング」を指摘した女子棒高跳びの米ホリー・ブラッドショウ、気候変動に言及したイギリスのハナ・ミルズ、表彰台の上で両腕を上げて頭上で交差させ人種・社会的差別に抗議した陸上女子砲丸投げの米レイヴン・ソーンダース、ロシアのドーピング問題への懸念を示したイギリスのルーク・グリーンバンク(競泳)など、オリンピックの重要性はメダル獲得にとどまらなくなっている。

イギリスとしては、ここ数年頻発している選手の身の安全をめぐるスキャンダル、「正しく」勝利するという新しい概念、そしてメダル獲得数に「修正」が入るという予測を考えると、東京大会でのメダル獲得数は大きな勝利と言えるだろう。イギリスは、前回リオ大会ではメダル獲得数2位だった。

伝統的にイギリスが強いとされてきたボート競技では、1980年以降で初めて金メダルを逃した。このため、五輪・パラリンピック用の強化費を提供する英政府機関UKスポーツは、ボート・チームに通常与えられてきた数百万ポンドを今後どう分配するか、世論の圧力を受けることになるだろう。しかし、ボートでの落胆とは裏腹に、自転車競技の新種目BMXやスケートボードなどではイギリス選手の活躍が目覚ましかった。このことは、新しく若い視聴者の獲得につながるはずだ。

選手の健康や安全への配慮が注意義務として強調された今大会、イギリスのメダルは減るのではないかと事前に懸念されていた。しかしその逆の結果となった今、安全重視とメダルの数は、両立できるのかもしれない。東京五輪はそれを実証した可能性がある。

私は8年前のブエノスアイレスで、東京が2020年大会を勝ち取った瞬間を目にした。1964年の東京大会が第2次世界大戦からの復興を示したように、2回目の五輪開催を、2011年の東日本大震災からの復興の象徴にするという約束は、説得力のあるものだった。

もちろん実際の東京大会は、大きな危機からの復興の象徴というより、別の大きな危機にその在り方を決定づけられるものとなってしまった。

しかし究極的には、パンデミックほどのとてつもない事態でさえ、オリンピックを否定することはできなかった。そのことにほっとする人も、がっかりする人もいるはずだ。そして、東京五輪の開催が正しかったのかどうかは、今後ずっと議論されていくだろう。しかし、今のように不安に満ちた時代でも、スポーツ選手は今まで通り、あふれる元気で大勢を励ましてくれる存在であり続けた。それは確かなことに思える。

【東京五輪】 緊急事態宣言下の劇的な大会 記憶に残るのは BBC

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東京オリンピック閉会式で、「橋本会長の胸にハート・マークの影」と「オリンピックに蛾」が気になる… #Olympic #東京オリンピック

東京オリンピック閉会式で、「橋本会長の胸にハート・マークの影」と「オリンピックに蛾」が気になる…
これも演出!?

東京オリンピック閉会式で、「橋本会長の胸にハート・マークの影」と「オリンピックに蛾」が気になる

東京オリンピック閉会式で、「橋本会長の胸にハート・マークの影」と「オリンピックに蛾」が気になる…

東京オリンピック閉会式で、「橋本会長の胸にハート・マークの影」と「オリンピックに蛾」

この蛾の為に、橋本さんの話が耳に残りませんでした…
お陰で時間を忘れる事が出来ました(笑)
我が家でも超話題でした。あっ!一瞬、羽が動いた…とか…もしかして「セミ」?とか…
でも、どうするのかな…この「蛾」と思っていたら…

バッハ会長

バッハ会長 閉会式

あれ!?バッハ会長のスピーチになった時には、「蛾」が居なくなった…

まあ、あれだけ、ドアップで写っていたので、関係者が払い除けたのかな…
その瞬間、写っていないかな…(笑)

さて…この「蛾」と「橋本さんの胸のハートマーク」
どちらの方に、金メダルを差し上げますか?

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#Bruce Springsteen ’s daughter wins silver at the Olympics #ブルース・スプリングスティーン の娘が五輪で銀メダルを獲得 #Olympic #メダル

Bruce Springsteen’s daughter wins silver at the Olympics
ブルース・スプリングスティーンの娘が五輪で銀メダルを獲得

ジェシカは、優勝後すぐに両親に電話をかけた。"彼らは叫んでいて、何を言っているのかわからなかったわ!"

ブルース・スプリングスティーンの娘が五輪で銀メダルを獲得

ブルース・スプリングスティーンの娘が東京五輪で銀メダルを獲得しました。

ザ・ボスとパティ・シシャルファの娘である29歳のジェシカ・スプリングスティーンは、東京大会でアメリカのショージャンプチームの最年少メンバーとして出場しました。ジェシカは世界のトップ15にランクされています。

Jessica Springsteen

今年の初めに行われた馬術の個人戦では進出できませんでしたが、8月7日、ジェシカは馬術のジャンプの団体戦で銀メダルを獲得しました。

Jessica Springsteen メダル

チームメイトのローラ・クラウト選手、マクレイン・ウォード選手とともに、金メダルを獲得したスウェーデンに続いて銀メダルを獲得しました。一方、ベルギーは銅メダルを獲得しました。

Jessica Springsteen オリンピック

優勝した直後、ジェシカはすぐに両親に電話したと言います。
「本当にすぐにFacetime しました。両親は叫んでいて、何を言っているのかわからなかったわ。

Blues & Jessica Springsteen

「でも、みんな笑顔だったわ。彼らが着ていたチームUSAのユニフォームを見ました。彼らが何を叫んでいたのかはわかりませんでしたが、彼らがとても興奮していることだけはわかりました」。

Bruce Springsteen’s daughter wins silver at the Olympics

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【東京五輪】 スカイ・ブラウンを知る13の項目 宮崎生まれの13歳英スケートボーダー #Olympic #東京オリンピック #メダル

【東京五輪】 スカイ・ブラウンを知る13の項目 宮崎生まれの13歳英スケートボーダー

東京オリンピックに出場したスケートボード選手のスカイ・ブラウン(13、イギリス)にとって、人生は二度と同じものとはならないだろう。

【東京五輪】 スカイ・ブラウンを知る13の項目 宮崎生まれの13歳英スケートボーダー4

彼女がスポットライトを浴びるのは何も新しいことではない。メディアの注目を集めながら成長してきた。オリンピックの中心競技となるかもしれない種目における、デジタル時代の未来のスーパースターだ。

彼女は4日、ただのオリンピック王者ではなく、過去最年少のオリンピック王者になる可能性がある。

イギリスの次の大スターに関する13の項目を紹介しよう。

1.イギリス選手団で過去最年少
有明アーバンスポーツパークに姿を見せたブラウンは、マージェリー・ヒントンが93年前につくった記録を破り、イギリス五輪選手団の最年少選手となった。

ヒントンは13歳44日で1928年アムステルダム五輪の水泳に出場した。一方、ブラウンは13歳23日での出場だ。

ライバル選手の1人、ボンベット・マーティン(15)とともに、イギリスの10代選手2人は新種目で五輪初出場を果たした。

【東京五輪】 スカイ・ブラウンを知る13の項目 宮崎生まれの13歳英スケートボーダー3

2.母親は日本人、父親はイギリス人
ブラウンの父ストゥーさんはイギリス人だが、10代でアメリカに移り住んだ。彼とスカイの母・美枝子さんは日本の美枝子さんの故郷・宮崎で出会い、スカイと弟のオーシャンもそこで生まれた。一家は宮崎をベースにしている。

スケートボードは親から子へと引き継がれた。ストゥーさんはかつて、マーケティングの仕事をしながらアマチュア選手として競技に出ていた。その間にスカイにスケートボードを教えた。

3.カリフォルニアと宮崎で半々
ブラウンは10歳のとき、米ロングビーチで開かれた五輪予選に参加。スケートボードに本格的に取り組むようになってからは、カリフォルニアと宮崎で半分ずつ、時間を過ごしている。

アメリカの自宅はサンディエゴから約60キロにあるオーシャンサイドにある。ただ、第1言語は日本語だ。

4.昨年深刻なけが
東京オリンピックの1年延期は、ブラウンにもプラスに働いた。2020年に開催されていたら、彼女が出場できていたかわからない。

昨年5月、ブラウンは練習中に斜面から落下。頭蓋骨にひびが入り、左腕と左手首を骨折した。心臓と肺も傷ついた。

「スカイにとって、それまで最悪の落下だったが、生きていたのは幸運だ」とストゥーさんは当時、話した。「スカイは前向きで強いままだ。彼女の前向きさは、医療チーム全員を驚かせている」。

ブラウンは五輪予選の前にも転倒し、腕を骨折した。しかし防護具をつけて出場し、優勝した。

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ブラウンは弟オーシャンとユーチューブチャンネルをもっている

5.実質的に自己流
ブラウンがソーシャルメディアで話題になったのは4歳の時。ストゥーさんがフェイスブックに動画を投稿した。ただ、これまでプロのコーチをつけたことはない。

何時間もユーチューブの動画を見て、そのまねをしてきた。伝説的存在のトニー・ホークさんと一緒に滑ってきたが、正式な指導関係にはない。

6.SNSで100万人近いフォロワー
ブラウンはソーシャルメディアで驚異的な人気をもつ。

落下事故の後、インスタグラムを始め、フォロワーたちに最新情報を提供してきた。フォロワーは100万人近くに上っている。

弟とユーチューブチャンネルも共有。2人の生活や、オリンピックに向けた旅路を紹介している。

オーシャンのインスタグラムもフォロワーは約16万8000人に達している。母親が管理している。

7.10歳でプロになりナイキと最年少契約
ブラウンはいくつものスポンサーと契約している。2018年にプロになると、ナイキがすぐに飛びついた。

体操のシモーン・バイルスやテニスのセリーナ・ウィリアムズといった世界的スターと広告で共演している。

「オリンピックに最年少スケーターとして出場し、若い女の子たちを勇気づけられたらいいと思う」と、ブラウンは今年、英紙ガーディアンに語った。

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ブラウンとトニー・ホーク

8.学校には週2日登校
競技生活があまりに忙しく、移動も多いので、オレンジ郡の学校に行くのは週2回。勉強はオンラインで補っている。

通常、オーシャンサイドのさまざまな公園で3時間近くスケーティングをする。

9.世界トップ3
2019年にブラジルで開かれた世界選手権で銅メダルを獲得して以来、世界最高のスケーターの1人としての地位を固めてきた。現在、世界ランキングのトップ3に入っている。

10.フロントサイド540を11歳で成功
毎年開かれるエクストリームスポーツの大会Xゲームズで、ブラウンはすでに記録を残している。

2019年に、フロントサイド540の着地に競技会で成功した最初の女性選手となった。空中でボードに乗ったまま1回転半する技だ。

11.サーフィンも大好き
カリフォルニアという土地柄を楽しむかのように、ブラウンは父親や弟と一緒にサーフィンをするのも大好きだ。朝5時に起きて波に乗ることも多い。

12.米ダンス番組で優勝
ブラウンはダンスと歌を歌うのも大好きだ。2018年にはXゲームズ出場を辞退し、米テレビのダンスコンテスト番組「Dancing with the Stars: Juniors」に集中した。

JT・チャーチと優勝を分け合ったことで注目を浴び、米人気トーク番組「エレン・デジェネレス・ショー」に招かれた。

13.本を執筆し歌をリリース
昨年、けがからの回復中に、ブラウンは「ガール」というタイトルの歌をリリースした。さらに、「Sky's the Limit」という本も出した。

その本の惹句は「若い王者の名言」だ。

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